サエキけんぞうの『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEKーThe Touring Years』評:映画の主役は4人ではなく、全世界のファン

サエキけんぞうの『ザ・ビートルズ』評

 ジャイルズ・マーティンは「観客の熱狂で自分の演奏が聞こえないのにどうしてあんなに見事な演奏ができたのか? きっと筋肉が記憶していたんだろうね」と週刊朝日掲載のインタビューで述べている。気配と筋反射の記憶、それでバンド演奏ができるか?と驚かされるが、実際にそうだったようだ。

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 監督ロン・ハワードは、同誌で「一気に最後まで見たくなる冒険物語にまとめたかった」といっている。風呂もなく、4人が同じ部屋で泊まり続けなければならないハンブルグの下積み時代から想像を超えた結束を持っていたビートルズ。そこから一気に成功の階段を駆け上っていく状況は、まさに冒険物語と感じるのにふさわしい。スターになることは、ストレスの生成など音楽にとってマイナスなイメージがある。しかし売れている熱狂も、音楽にとってマイナスだけではない、という前向きなエネルギー描写が、意義深く“冒険物語”というコンセプトを裏打ちする。本作の日本限定のポスターや報道に多用されている「4人が武道館のステージに上がる後姿」のモノクロ写真は、これからライブするという極度の緊張が4人の肩に現れていて、まさに決闘に立ち向かう騎士の双肩が写されたようだ。

 ところでビートルズは政治的なメッセージも放ったが、ジョン&ヨーコのその後の活躍により、それはもっぱらジョンの意向によってもたらされた?という認識がある。

 この映画ではそんな考えも改まる。ビートルズは米ツアーのフロリダで、飲食も同じ場所でできない凄まじい黒人差別の状況に対して4人でNOといったのだ。「人種隔離された観客の前では、演奏を要求されない。隔離するなら、行かない。人々のために演奏する」といいきった。4人の考えは強固だった、と述されている。主張が多岐になるサイケ時代の前のこと、歌の内容が恋物語中心だったときに、すでに最も激烈なビートルズの政治的な行動があった。

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 後に歴史家となった黒人女性のキティ・オリバー博士は、「若い4人の世の中の見方に驚かされた。アメリカ人の多くを刺激すると承知で、この敏感な問題に立ち向かい、堂々と主張した。まさに“啓示”だった」という。またウーピー・ゴールドバーグは母親に連れてってもらったこのライブの感動を添えながら「ビートルズが米国黒人に与えた勇気は大きなものだった」と語る。

 このような社会のあり方に関わる案件の描写もあり、ビートルズをあまり知らない一般人にも勧められる歴史的ドキュメント性も持つ作品だ。もちろん、ビートルズの深いファンにも知らない話が満載である。

 そして何と言ってもビートルズ・サウンドになじみのない若い音楽ファンに、マージー・ビート時代のビートルズ・サウンドがどんなに輝きに満ちていたのかを知る、またとない機会になるだろう。

 併せて発売されるCD「ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル」と共に、リマスター、リミックスされたピカピカに息のあった4人のアンサンブルを劇場の大音響で聴くことは、60年代バンドの軽快でダイナミックな魅力に気づかされるからである。

 最後に「エイト・デイズ・ア・ウィーク」という曲は、もともと『ビートルズがやって来る/ヤア!ヤア!ヤア!』の続編として作られる予定だった2作目の映画 『Eight Arms To Hold you』の主題歌として作られたもの。リンゴ・スターが「週に8日も仕事だなんて……」と嘆いていたのがきっかけに作られた曲だが、それじゃあ「『ビートルズがやって来る/ヤア!ヤア!ヤア!』の主題歌「ア・ハード・デイズ・ナイト=ひどく働いて疲れた夜」と同じコンセプトではないか? 同じものは二度と作りたくない!というビートルズの意向があって、2作目は「Help!」になったんだろう。

 しかし51年後、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」は、同じコンセプトで見事に復活した。その代わり、主役は交代した。ビートルズ4人ではなく「週に8日も仕事」の日常の原因となった「全世界のファン達」だったのである!

■サエキけんぞう
ミュージシャン・作詞家・プロデューサー。1958年7月28日、千葉県出身。千葉県市川市在住。1985年徳島大学歯学部卒。大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。など、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。大衆音楽(ロック・ポップス)を中心とした現代カルチャー全般、特に映画、マンガ、ファッション、クラブ・カルチャーなどに詳しく、新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がける。

■公開情報
『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years』
9月22日(木・祝)より角川シネマ有楽町ほか全国公開
出演:ザ・ビートルズ  
監督:ロン・ハワード
プロデューサー:ナイジェル・シンクレア、スコット・パスクッチ、ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード
配給:KADOKAWA
提供:KADOKAWA、テレビ東京、BSジャパン
公式サイト:http://thebeatles-eightdaysaweek.jp/
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