フランスの“団地”を舞台にした、新たな群像劇ーー『アスファルト』が物語る日常の奇跡

“団地映画”としての『アスファルト』の魅力

 とはいえ、団地映画『アスファルト』において群像劇を展開するとなると、これまたユニークなアイディアを駆使しなければ、孤独な細胞壁を突き破って互いの出会いを巻き起こすことなど到底できやしない。そこで個々をつなぐ接続詞的な役目を果たすのが“乗り物”の存在だ。

 本作ではやたらと乗り物が登場する。まずは壊れかけのエレベーターが上階と下階をつなぐ(そしてよく止まる)橋渡しとして存在し、一方、青年はアスファルトの上を自転車で駆け巡り、かと思えば中年男はウォーキングマシンから車椅子へと華麗な乗り換え技を披露してみせる。さらに同じ頃、宇宙ステーションではこれまた孤独な宇宙飛行士がウォーキングマシンでトレーニング中。そしてどういうわけか彼は地球帰還用のポッドにて団地の屋上へと不時着してしまう。かくして各々の乗り物の“気まぐれ”に導かれるように、登場人物の思い通りにならないところにやがて希望が生まれ、笑顔の花が咲き始める。序盤は下へ下へのベクトルが顕著だが、終盤はそれが上昇気流となって上を目指す。そんな動線のあり方も実にすがすがしい。

20160908-ASPHALTE-sub1.jpg

 

 当初、彼らを隔てていた距離はきっと、宇宙空間と地上のステーション以上のものだったにがいない。そんな彼らがいつしか互いの心の扉をたたき合う楽しさ。かけがえのなさ。彼らは全く接点がない者どうしだからこそ心を通わせことができたのかもしれないし、あるいは胸の内側では、いつか誰かが扉を叩いてくれるのをずっと待ち続けていたのかもしれない。

 単なる群像劇でも、団地映画でも、乗り物映画でもなく、その全てが絶妙に絡まりあって物語を紡いでいるからこそ、本作は唯一無二の味わいとなって観る者を惹きつけて離さない。ぜひこの名作を見逃さずに劇場へと足を運んでいただきたい。一つ一つのセルが寄り集まったような客席に腰を下ろしながら、日常というものがいかに小さな奇跡の連続なのか、深く気づかせてくれるはずだ。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter

■公開情報
『アスファルト』
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ(モーニングショー)、シネ・リーブル池袋ほか全国公開中
監督・脚本:サミュエル・ベンシェトリ
出演:イザベル・ユペール、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、マイケル・ピット、ジュール・ベンシェトリ、ギュスタヴ・ケルヴァン、タサディット・マンディ
2015年/フランス/フランス語・英語・アラビア語/100分/カラー/スタンダード/ドルビー5.1ch/DCP
原題:ASPHALTE 英題:Macadam Stories
提供:ミモザフィルムズ、シンカ
配給・宣伝:ミモザフィルムズ
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
協力:ユニフランス
(c)2015 La Camera Deluxe - Maje Productions - Single Man Productions - Jack Stern Productions - Emotions Films UK - Movie Pictures - Film Factory
公式サイト:www.asphalte-film.com

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる