速水健朗が解説する、『海よりもまだ深く』&『団地』の「団地映画」としての新しさ

速水健朗が“団地映画”を考察

 かつて、郊外での生活は、人々の憧れの対象だった。ごみごみとして狭苦しい長屋的な下町での暮らしが戦後の都市部での生活だとするなら、郊外には広々とした開発されたばかりの新しい文化的な生活が待っていた。阪本監督(1958年生まれ)にとって団地は、子ども時代に大阪万博と一緒に見たピカピカの住宅群(千里ニュータウン)、未来の生活を連想させた存在だったという。郊外は新しいフロンティアだった。そして、郊外開発は、郊外線の私鉄会社や沿線の住宅デベロッパーの利益に適うものでもあった。もっと言えば、中間層を増やそう、内需を増やそうという意図の下での行政の思惑に合ったものでもあった。郊外化は、かつての日本人の都市住民の夢でもあり国策でもあったのだ。

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『海よりもまだ深く』場面写真

 そんな郊外の代表選手であった団地は、いつのまにか取り残された場所となり、お金に余裕のある「郊外世代」は、そこから逃げ出して「都心回帰」と称して逃げ出していった。団地に高齢者が多いという問題は、つまるところ「郊外移住」から「都心回帰」へという住宅政策の転換によって生まれた現象なのである。まさに団地こそ「そんなはずじゃなかった」場所そのものなのだ。

 『海よりもまだ深く』『団地』は、ともに「都心回帰」ができない人々の話だ。高齢夫人を集めて文化人気取りでクラシック音楽の鑑賞会&講釈会を行う橋爪功演じる分譲棟の男(『海よりもまだ深く』)。権力を奮い、近所の婦人と浮気をしている石橋蓮司演じる団地の自治会長。どちらも滑稽な存在だが、その一方でそこから抜け出せずにいるもの悲しい存在とも映る。

 『海よりもまだ深く』で樹木希林が登場する最後のシーンは、彼女が団地の中から家族を見送る場面である。この親子は、このあと再び会うことはないのだろうという予感を漂わせるこの場面で映るのは、緑に囲まれた団地の姿だ。映画中でもっとも美しく描かれた場面だ。樹木希林が見送っているだけでなく、団地そのものが淋しそうにそれを見送っているかのようだ。

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『団地』場面写真

 『団地』は、映画の終盤のストーリーはネタバレ禁止の要素を含むので詳細は語れないが、そこで描かれるアレを見れば、団地が阪本ワールドにおける「通天閣」=「天上の世界と接続される場所」=「団地」として描かれていることがわかるはずだ。

 是枝、阪本両監督は、どちらも、団地を舞台に死に際を描きながら、団地をネガティブには描かなかった。まったく似ていない両作品が、そこで奇妙な一致を見せる。両映画の団地は、緑豊かな森のような場所なのだ。団地が生まれた約半世紀前の時代には、団地はコンクリートの人工的な場所として知られていたが、現代においては団地はむしろ緑に囲まれた場所に変わった。そのことが両作品でも示されている。

 団地はユートピアではないが、ノスタルジーでもない。「そんなはずじゃなかった」と思いながらも、それも悪くないかと思えるような人生を振り返る場所。こんな風に団地が描かれたことは、かつてなかった。

 団地映画史というものが存在する(ことにしたい)。その詳細は、僕も属している団地団の著書『団地団 ベランダから眺める映画論』という本に書いた。簡単に説明すると、川島雄三『しとやかな獣』から始まり、日活ロマンポルノの『団地妻』シリーズや森田芳光『家族ゲーム』などを経由して堤幸彦『ピカンチ』などへ引き継がれる、団地を舞台にした映画群のことだ。『海よりもまだ深く』『団地』のように団地を描いた作品は、これまでの団地映画史にはなかった。団地映画史の新しい地平としてこの両作品は刻まれることになる。

■速水健朗
1973年生まれ。雑誌編集者を経てライターに。著書『タイアップの歌謡史』『1995年』『フード左翼とフード右翼』『東京β』『東京どこに住む?』ほか。ラジオ番組『速水健朗のクロノス・フライデー』(TFM)などのパーソナリティーのほか、テレビのコメンテーターとしても活躍中。

■公開情報
『海よりもまだ深く』
新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国公開中
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉澤太陽、橋爪功、樹木希林
製作:フジテレビジョン、バンダイビジュアル、AOI Pro.、ギャガ
配給:ギャガ
(c)2016 『海よりもまだ深く』製作委員会
公式サイト:https://gaga.ne.jp/umiyorimo/

『団地』
有楽町スバル座、新宿シネマカリテほか全国公開中
脚本・監督:阪本順治
出演:藤山直美、岸部一徳、大楠道代、石橋蓮司、斎藤工、冨浦智嗣、竹内都子、濱田マリ、原田麻由、滝裕可里、宅間孝行、小笠原弘晃、三浦誠己、麿赤兒
製作・配給:キノフィルムズ
2016年/日本/カラー/103分/ビスタサイズ/5.1ch
(c)2016「団地」製作委員会
公式サイト:http://danchi-movie.com/

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