是枝裕和、『海よりもまだ深く』インタビュー 「そもそも映画監督になりたかったわけじゃない」

是枝裕和『海よりもまだ深く』を語る

「自分は映画ネイティブじゃない。映画とテレビの雑種なんです」

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——ただ、今回『海よりもまだ深く』から感じたのは、そんなこれまでの是枝さんの映画の中でも、最もテレビドラマ的だなということで。すごくいい意味で、往年のテレビドラマの名作を見ているような感覚があったんですよね。

是枝:それは、これまでで一番自然に作ったからだと思います。自然に作るとこうなる。もう、「こんなの映画じゃねえよ」って言う人に対して、「そうですけど、何か?」って気持ちで作ってるところがある。

——ですよね。

是枝:映画に対するフェティシズムって言い方をされましたけど、自分がこれまで何本も映画を作ってきて思うのは、自分にはそういうものがほとんどないということで。そういう過去の映画の記憶やオマージュみたいなものを観客と共有して、それで満ち足りてしまう感じというのが好きじゃないんです。そういうことをやっていると、閉じていくばっかりだなって。もちろん、自分も映画は好きですし、いい作品を観て、そこから何かを吸収していきたいという気持ちはあります。ただ、自分には明らかにもう一つ、テレビという遺伝子があって、それは自分の中で本当に太いので。外国に行くといろんな人からすぐに「小津小津小津小津」言われるけれど、自分にとっては小津よりも向田邦子だったり山田太一だったり鴨下信一だったりから学んだことの方が大きいし、圧倒的に愛着もある。そこに素直になってみようかなというのが、過去の作品では『歩いても 歩いても』だったし、今回の『海よりもまだ深く』は「そこを自分は継承していきたい」という意思表示をさらに強く出した作品になりましたね。

——なるほど。

是枝:自分は映画ネイティブじゃない。映画とテレビの雑種なんです。でも、動物でも雑種の方が丈夫だったりするじゃないですか。

——はい。この作品が持つ強さは、そこにある気がします。

是枝:自分は雑種だという覚悟が決まってから、映画を撮ることがまた楽しくなってきたんですよね。若い頃は、そこに疎外感を感じたりもしていたんですけど。今はすごく正直にやれるようになった。

——先ほどの話に戻って、人間として是枝さんが「なりたかった大人」というと?

是枝:休日には家族を連れて車でキャンプに行くお父さんみたいな。

——それは、これからでもその気になればなれるのでは?

是枝:まず免許がない。

——(笑)。

是枝:テントが張れない。

——(笑)。

是枝:火が起こせない。

——なるほど。なかなか遠いですね。

是枝:そもそも料理とかまったくしないですしね。

——これはストーリーのネタバレになるかもしれないので慎重に話さないといけませんが、『海よりもまだ深く』で真木よう子さんが演じている主人公の元妻像がなかなか強烈で。女性というのは、一度心変わりをしたら、もうテコでも動かないという。

是枝:新しい恋人(小澤征悦)が主人公の書いた小説を読んだと言った時、「どうだった?」って訊くところがあるじゃないですか。あの時の表情からは、主人公に対する気持ちがまったく残ってないというわけではないこともわかるんですけどね。

——だからこそ残酷というか。リリー・フランキーさんが演じている探偵事務所の所長のセリフに「誰かの過去になる勇気を持つのが大人の男」というのがありますけど、「そうなのかぁ」と頭を抱えてしまいました。

是枝:男って、いつでも取り返しがつくと思ってるじゃないですか。でも、きっと女の人にとってはそうじゃないんですよ。

——男の立場としては、「私、もう決めました」っていうのはフェアじゃない気がするんですけどね。大事なことは、もっとちゃんと話し合おうよって(笑)。

是枝:でも、夫婦ってそういうものだと思いますよ。男の方は常に危機感を持っていた方がいい(笑)。

(取材・文=宇野維正/写真=下屋敷和文)

■公開情報
『海よりもまだ深く』
5月21日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉澤太陽、橋爪功、樹木希林
製作:フジテレビジョン、バンダイビジュアル、AOI Pro.、ギャガ
配給:ギャガ
(c)2016 『海よりもまだ深く』製作委員会
公式サイト:gaga.ne.jp/umiyorimo

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