『いつ恋』最終回はどこに向かう? 坂元裕二が第九話で描ききれなかった物語

 それ以上にうまくいっていないと感じたのは中條晴太(坂口健太郎)と市村小夏(森川葵)のエピソードだ。物語自体は一応、震災で心に傷を負った小夏を練の変わりに晴太が支えることで自分自身の過去と向き合う話となっているが、他のキャラクターの恋愛模様に較べると、どうも唐突に見える。おそらく、練が違法スレスレの派遣会社で働いている時に練と晴太と小夏、三人の物語を描き、そこで晴太の真意を掘り下げるつもりだったのだろう。

 しかし、三人の物語はうやむやとなり、結局、晴太の過去は「親が仮面夫婦で中学受験の時に家出した」という安直な物語に回収されてしまった。劇中には「晴太って何? 何か隠してる?」と小夏が尋ねるシーンがあるのだが、序盤を見る限りでは、晴太の行動は、小夏よりも練に対する執着で動いていたように思えた。そのため、震災の後遺症で苦しむ小夏を利用することで、共依存的な関係を作り出し、練の側に居続けることこそが晴太の目的だと思いこんでいた。おそらくあの派遣会社の仕事を練に紹介したのも晴太だったのだろう。

 「壮絶なシチュエーションを思いついたものだ」と、勝手に興奮していたのだが、物語の収拾が付かなくなると思ったのか、晴太と小夏の物語は途中で諦めて、朝陽の物語を徹底的に描く方向にシフトしたように見える。それ自体は連続ドラマではよくあることで、伏線をすべて回収することが絶対だとは思わない。ただ、晴太の練への執着や、彼の中にあったつかみどころのない悪意を描き切れなかったことは、今後の坂元裕二を考える上で大きな転換点となるのではないかと思う。

 坂元裕二は、作品内で描ききれなかったモチーフに次回作で取り組むことで、作品の強度を高めてきた。本作の朝陽と父・征二郎の物語は、『問題のあるレストラン』では消化不良だったパワハラを繰り返す雨木社長(杉本哲太)の内面描写に対する再挑戦であり、その試みは今のところうまくいっている。最終話を前にして次回作への期待を書くのもどうかと思うが、ありえたかもしれない、もう一つの『いつ恋』を想像することも、連ドラならではの面白さではないかと思う。

参考1:『いつ恋』第一話で“男女の機微”はどう描かれた? 脚本家・坂元裕二の作家性に迫る
参考2:『いつ恋』第二話レビュー “街の風景”と“若者の現実”が描かれた意図は何か
参考3:『いつ恋』第三話レビュー 先が予想できない“三角関係”をどう描いたか?
参考4:東京はもう“夢のある街”じゃない? 『いつ恋』登場人物たちのリアリティ
参考5:『いつ恋』音はなぜドラマ名を口に?  脚本家・坂元裕二が描く「リアリズム」と「ドラマの嘘」
参考6:『いつ恋』が浮き彫りにする、男たちの弱さーー5年の月日は練たちをどう変えた?
参考7:『いつ恋』第七話で“花”と“レシート”が意味したものは? 映像の向こう側を読み解く
参考8:『いつ恋』いよいよ佳境へーー第八話で描かれた練、音、朝陽の濃密な三角関係

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■ドラマ情報
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』
2016年1月18日(月) 21:00~放送開始
出演者:有村架純、高良健吾、高畑充希、西島隆弘、森川葵、坂口健太郎
脚本:坂元裕二
プロデュース:村瀬健
演出:並木道子
制作:フジテレビドラマ制作センター
公式サイト:http://www.fujitv.co.jp/itsu_koi/index.html

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