万国の榮倉奈々至上主義者よ、団結せよ!『遺産争族』の見どころはここだ!

 これまで榮倉奈々はいろんな役を演じてきたが、そのほとんどの作品で物語世界における「イノセンス」を体現してきたように思う。職場でどんなにイジメにあっても健気に頑張る女性。女子高生の時にレイプされて妊娠してしまっても健気に頑張る女性。情緒不安定な母親と住んでいた島から東京に出て、ビル清掃のバイトで学費を捻出しながら健気に頑張る女性。あれ? 気がつくと「健気に頑張る女性」ばかりだな。でも、自分は「健気に頑張ってる」から榮倉奈々が好きなのではなく、「健気に頑張ってる」にもかかわらず、そういう役に付きまといがちな生活感や根性主義みたいなのとは無縁の、優雅さや威厳を常に彼女が身にまとっているところが好きなのだ。見てるだけでこちらも背筋がピンとする感じというか。逆境を逆境と思わせない、人としての本質的な眩しさというか。

「社長令嬢」「バツイチ」「出戻り」という『遺産争族』でのキャラクターは、そんな榮倉奈々にとって設定としては新境地ではあるけれど、榮倉奈々戦線(なんだそれ)にはまったく異常なし。家族の醜い遺産争いの渦中にありながら、彼女は常に画面の中でピンと背筋を伸ばして物語の「イノセンス」を見事に体現している。もし榮倉奈々という存在がいなかったら、本作は山崎豊子原作とか内館牧子脚本とかの作品にありがちな、もっとドロドロとした世界になっていたのではないか。そういうのは年配層には受けたかもしれないけど、若い視聴者からは敬遠されただろう。榮倉奈々の「イノセンス」を一滴たらしただけで、旧態依然とした物語世界も現代性を帯びてしまう。榮倉奈々とはそんな魔法のスパイスなのだ。

 『遺産争族』の物語的な関心でいうと、「向井理演じる婿養子にどのような裏があるのか?」というところに集約されるわけだが(逆に、嫁の榮倉奈々の方に裏があったらお見事!)、最後にヒントを一つ。豊川悦司が榮倉奈々の足の生指にキスするシーン(羨ましすぎて観ていて気絶しそうになった)で話題となった『娚の一生』。きっと実際に作品を観た人以外はほとんど認識してないだろうけど、あの作品には向井理が榮倉奈々の昔の男として出ていた。それも、演じても何の得もしないような嫌な男で、向井理の人気や知名度からは考えられないような端役。あの時は「どうしてこんな役のオファーを受けたんだろう?」と思ったけれど、実は『娚の一生』は『遺産争族』の後日談で、この後、『遺産争族』ですっかり傷心した榮倉奈々は、お婆ちゃん(伊東四朗演じる会長の妻が、大昔に離婚していてまだ生きていたという裏設定)が住んでいる田舎の町に引っ越して……って、そんなわけないですね。

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」「ワールドサッカーダイジェスト」ほかで批評/コラム/対談を連載中。今冬、新潮新書より初の単著を上梓。Twitter

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