ハリウッド次世代の旗手が描く、『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』の底知れぬ凄み

『アメリカン・ドリーマー』に見る監督の才気

今をときめく実力派俳優を夫婦役で起用

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 そしてJ・C・チャンダーのもうひとつの功績は、この『アメリカン・ドリーマー』の夫婦役としてオスカー・アイザックとジェシカ・チャステインを起用したことだ。彼らの演技に魅了されない者はいないだろう。ふたりが名門ジュリアード学院で共に研鑽を積んだ親友どうしであるのは周知の通り。10年来の念願が叶って、ここに二人の初となる共演作が結実したのも何かの運命だろう。

 ここで特筆したいのが、ふたりが奏でる夫婦の関係性だ。本作には夫婦の過去や出会いのいきさつを物語る場面はいっさい登場しない。すべては彼らの演技から想像するのみ。とはいえ、アイザックとチャステインが役作りの一環として事前にキャラクターのバックグラウンドや精神性の部分をしっかりと身体に沁み込ませているのは明らかだ。

 だからこそ観客は、彼らの微かな空気に触れるだけで、ふたりの愛や絆、そして心の隔たりなども如実に伺い知ることができる。このあたりの呼吸も見事というほかない。そして彼らの存在感に頼り過ぎることなく、しっかりと手綱を引き締めて采配を振るったチャンダー監督の功績も計り知れない。

進化するチャンダーの今後の展開とは

 ちなみに『アメリカン・ドリーマー』はこれまで同様、チャンダーの手による完全オリジナル脚本作である。緻密な会話劇『マージン・コール』や、たった32ページで登場人物の動線を示した『オール・イズ・ロスト』に比べると、『アメリカン・ドリーマー』はまるで著名な小説家による原作世界に裏付けされているかのような圧倒的な筆致とスケール感が印象的だ。さらに大学で映画学とアメリカ研究を修めたというチャンダーらしい、母国文化に対する深い探究や鋭い切り口も際立つ。本作を含む長編三作をあらためて俯瞰して見つめると、どこかアメリカの精神性のようなものが浮かび上がってくるかのようで実に興味深い。

 では、今後の活動展開はどうか。映画界の注目が急上昇する中、今現在の待機作を見ると彼自身は社会派路線にその方向性を見出しているようにも思える。

 まずはメキシコ湾の原油流出事故を描く”Deepwater Horizen”の脚本を務め(監督はピーター・バーグ)、さらに次回監督作としてはキャスリン・ビグローがメガホンを取る予定だった”Triple Frontier”の代打登板が決まっている。脚本は『ゼロ・ダーク・サーティ』のマーク・ボールが手掛け、チャンダーは監督のみに専念する予定。一体どんな作品が生まれてくるのだろう。その才能が新たなレベルに踏み込み、ますます目の離せない存在となっていくことを期待したい。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter

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■公開情報
『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』
10月1日(木)TOHO シネマズ シャンテ 他全国ロードショー
製作・監督・脚本:J・C・チャンダー
主演:オスカー・アイザック、ジェシカ・チャスティン、デヴィッド・オイェロウォ
配給:ギャガ
(C)2014 PM/IN Finance.LLC. American-dreamer.gaga.ne.jp

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