『キングスマン』が切り拓いた“スパイ映画の新境地”とは? 荒唐無稽な作風の真価

『キングスマン』スパイ映画としての秀逸さ

新時代の英国ダンディズム

 英国には依然として階級社会が存在する。エグジーがエリート候補生達に「君はオックスフォード出か? それともケンブリッジ?」と質問されたように、上流階級は学閥や閉鎖された社会を持ち、低所得者のための団地に居住するような下層階級と交流することは少ない。ハリーに初めて出会ったとき、「俺もあんたのような生まれだったら」と、エグジーは反発を感じていた。父の死後、母と一緒になったチンピラの元締めの暴力に支配されていたエグジーは、自らの境遇を乗り越える能力を持ちながら、将来をあきらめてしまっている。階層や学歴によって、才能があるのに前に踏み出せない現実があるのだ。

 対して、「マナーが紳士を作る」と言うハリーの言葉は、エグジーにとっての希望となる。彼は、エグジーが初めて出会った本物の「紳士」だった。それは血筋や財産や学歴などで得られるものではなく、その振る舞いによって定義されるものだという。ハリーは人種や貧富の差別を嫌い、階層社会や血統を重んじるアーサーとは意見を異にしていた。彼はボンド的な伝統を重んじながらも現代にフィットしたスパイ・ヒーローなのである。

 マナーを守ること、スーツを着て身だしなみを整えることは、あくまでも外面の問題である。しかし、外面を整えることで、それに相応しい内面を手に入れようとする場合もある。スーツを着て、髪をなでつけ、尊敬するハリーの姿になることによって、エグジーは勇気を振り絞り、普段ならあきらめるような困難に立ち向かえるようになる。『キングスマン』は、下層階級が上流階級に成り上がる出世物語ではなく、自分の憧れる本物の男になろうとする物語なのである。国家への忠誠心や仕事への義務でもなく、相応しい振る舞いを身につけ、紳士になるために(そしてほんの少し雑念をよぎらせながら)、敵の秘密基地を疾走し奮闘するエグジーの姿には、従来のボンド映画のアクションには感じることのなかった熱さがある。『キングスマン』は、歴史への反逆と継承によって、心から応援できる新しいスパイ映画の創造に成功しているのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『キングスマン』
9月11日(金)全国ロードショー
監督:マシュー・ヴォーン
原作:マーク・ミラー
製作:Marv Films
出演:コリン・ファース、サミュエル・L・ジャクソン、マーク・ストロング、タロン・エガートン、マイケル・ケイン、ソフィア・ブテラ、ソフィー・クックソン、マーク・ハミル
配給:KADOKAWA
(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation  
R15+ 
公式サイト:kingsman-movie.jp

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