医療ファンタジーの傑作『竜の医師団』庵野ゆき×岩本ゼロゴ 鼎談「リアリティのある描写があるからこそ、この小説は凄みを増す」

『竜の医師団』庵野ゆき×岩本ゼロゴ 鼎談

 徳島県生まれのフォトグラファーと、愛知県生まれの医師の共同ペンネーム・庵野ゆきによる医療ファンタジー『竜の医師団』(東京創元社)が、各所で評判を呼んでいる。

 くしゃみをすれば竜巻が起き、背中を掻けば山が潰れるーーそんな竜の病を治すために情熱を注ぐ変人だらけの医師たちと、医師を目指し奮闘する少年二人の成長を描く本作は、想像を遥かに凌ぐスケールでありながらリアリティのある竜の描写や、個性あふれる魅力的なキャラクター、心に染み入る物語で瞬く間に人気シリーズとなり、2025年4月には待望の『竜の医師団4』が刊行された。

 リアルサウンド ブックでは、著者の庵野ゆきとイラストを担当する岩本ゼロゴにインタビュー。医療ファンタジーの新たな傑作と称される『竜の医師団』誕生の背景に迫った。




竜を治療する物語が生まれた背景

――庵野ゆきさんは、医師とフォトグラファー、それぞれのお仕事をもつ二人の共同名義なんですよね。『竜の医師団』はどのように生まれたのでしょうか。

庵野:便宜的に、医師の私を庵野、もう一人のフォトグラファーをゆきと呼びますが、ゆきのほうから「医療小説を書いてみないか」と言われたんですよ。

ゆき:日頃、彼女から聞く仕事の小ネタがおもしろかったので、膨らませたら小説になるんじゃないかという軽い気持ちだったのですが、激しく抵抗されまして。

庵野:医療小説を読んだりドラマを観たりすることに抵抗はないのですが、いざ自分が書くとなると、どうしても経験をもとにすることになり、実際に関わった患者さんたちのプライバシーや内面の葛藤を思うと、なかなか難しいなと思ったんですよね。でも、ゆきから「だったら竜のお医者さんにしようよ」と食い下がられて、それならいけるかも、と。

ゆき:私としては、特に竜にこだわったわけではなく、例えばくらいの軽い気持ちで提案したつもりだったのですが、思いのほか竜が庵野に刺さったんです(笑)。

庵野:私のなかで竜というのは、人間よりもはるかに長い、永遠に近い時を生きる高位の存在。そんな彼らを生かすための物語なら、より純粋に、医療者の葛藤に焦点を当てて描けるのではないかと思ったんですよね。神話などで、竜は自然現象と重ねて描かれることが多いので、調子のいいときは人間に恵みがもたらされるけど、逆に病気になったり、具合が悪くなれば災害が起きるということにすれば、竜を治療するために人間が医師団を結成する動機にもなりうるとも。

ゆき:そういえば「竜巻」っていうよなあ、と思いついたときに、うまく世界観を構築できるような気がしましたね。竜のからだが山ほど大きいのだとしたら、体内にアプローチすることもできるだろうし、おもしろそうだと、話し合っているうちにどんどん素地ができあがっていきました。基本的に私たちは、ブレストというのでしょうか、ちょっとしたネタも思いついたら相手に投げて、戻ってきたことをさらに投げ返して、話しながらどんどん膨らませていくんです。

庵野:矛盾を突っ込み合って、だったらこれはどうかとアイディアを出し合って、気づけばブラッシュアップされている。もはや、どちらが先に思いついたのか覚えていないネタがたくさんあります。

それぞれの性格もしっかりとらえたビジュアルに

――壮大な世界観が、岩本ゼロゴさんのイラストによって補強されていますが、最初に小説をお読みになって、いかがでしたか?

岩本ゼロゴ(以下、岩本):竜のスケール感を想像するのが楽しかったですね。どう表現しようか悩むところでもありましたが、主人公のリョウとともに医師団に入るレオニートのコンビが魅力的で。とくにレオニートは名家の生まれでイケメンなのに、そのスペックの高さが逆にギャグみたいになっていくし、迫害されて生きてきたリョウがちょっと冷静につっこむ感じとの対比を、毎回おもしろく読ませていただいています。

庵野:お互いに初対面の印象が悪く、犬猿の仲だったのが、だんだん仲良くなっていく……という王道のパターンを書くつもりで対比的なキャラを生んだつもりが、最初から仲良くなってしまったんです。

ゆき:レオはそういうキャラじゃない、と途中で気がついたんですよ。でもそれが、いい方向に働いたよね。

庵野:レオは、育ちの良さがそのまま魂の清らかさに繋がっているタイプ。対してリョウは、コンプレックスの塊みたいな少年かと思っていたけど、うじうじして足を止めていたら生き延びることのできない環境にいたから、とりあえずフットワーク軽く動き出すし、意外とさっぱりした性格をしていた。そんな二人だから喧嘩になることもなかったんです。キャラクターも、だいたいのイメージを二人でふくらませて、どういう筋立てにするかは私が設定することが多いんですけど、心情をゆきに肉付けしてもらううちに、当初の予定とは全然違うものになっていることが多いです。

岩本:リョウの出自であるヤポネや、〈赤ノ人〉〈真珠ノ民〉など、いろんな民族がいりまじっているのも興味深いです。キャラクターのイラストを描くときは、その背景をふまえて、顔立ちや服装の装飾に差異が生まれるようにしました。

庵野:服装の描写なんてほとんどないのに、よくぞここまでイメージどおりのものを描いてくださった、と感服しております。

ゆき:最初に2巻までの物語を書いて、ゼロゴさんにイラストをつけていただいたから、3巻以降は完全にゼロゴさんの描いてくださったイメージで、私たちも物語を構築しています。

岩本:この民はこういう文化で、こういう国のイメージ、というのをお二人が最初からお持ちでしたし、設定資料も貸していただけたおかげだと思います。

庵野:それぞれの性格もしっかりとらえたビジュアルにしてくださっていますよね。たとえば竜血管内科長・ニーナ。せっかくシンプルな服を着ているのに、よけいなものでゴテゴテと装飾しているのが、いかにも彼女らしい。

ゆき:竜の描写もさほど多くはないのに、毎回想像を超える絵を描いてくださるので、感動しています。

――各巻、異なる竜が描かれていますが、物語の軸となる竜とその病はどのように生まれているのでしょうか。

ゆき:「こういう物語を書きたいんだけど、それに当てはまる病気はある?」って私が聞くところから始まりますね。それもやっぱり、ブレストするうちに変わってくるんですけど。最初に登場するディドウスという最高齢の竜は、想定と真逆の結末を迎えました。

庵野:なんとなく、老いた竜が生まれない卵をずっと抱えてあたためている、というイメージから始まった気がしますね。それが結果的に3巻にもつながっていった。病に関しては、災害と病気をセットにするという出発点があるので、なんとなく使えそうなものをストックしていますけど、ゆきのアイディアが想像もつかない方向から飛んでくることがあるので、けっこう困ってます(笑)。

ゆき:困らせています(笑)。3巻だったら「竜の口のなかを飛行機で飛びたいんだけど、どうしたらいい?」というところが起点だったかな。

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