『大奥』にハマったら読むべき漫画は? “もしも”の歴史を想像させる『日出処の天子』『薔薇王の葬列』

『大奥』にハマった人が読むべき名作漫画

 歴史の中に“もしも”を想像する漫画が面白い。NHKでドラマが放送中の『大奥』も、原作はよしながふみの漫画で、江戸時代の歴代将軍が実は女性だったという架空の歴史を、史実の上にさもあり得たかのように描いて、過去を想像する楽しさを感じさせてくれた。同じことは、聖徳太子を描いた山岸凉子の『日出処の天子』や、15世紀のイングランド王・リチャード三世を取り上げた菅野文『薔薇王の葬列』にも言える。史実の隙間を想像する漫画の読みどころとは――。

 歴史は科学であって文学ではない。過去に実際に起こったことを、残された文献なり、出土した史料から究明して現代に蘇らせるものであって、「織田信長が本能寺の変を生き延び天下を統一して幕府を開いていた」といった解釈は許されない。もっとも、信長が密かに本能寺を脱出して帰蝶とともに外国に逃げ延び、静かに余生を送ったといった想像は成り立つ。

 歴史の見えないところに根拠を仮定して、現実だったかのように描く。すなわちSF(空想科学)としてのアプローチがあったから、『大奥』は第42回日本SF大賞の候補に挙げられ受賞を果たした。若い男性を死に至らしめる赤面疱瘡の流行で、江戸幕府の三代将軍徳川家光が死んでしまうが、西国の反乱を恐れた春日局が家光の身代わりを立てて急場を凌ごうとした。その身代わりが千恵という女性だったことから、将軍家と大奥の男女逆転が始まる。

 八代将軍吉宗の時代になると、将軍は男性で大奥には女性が大勢いたということすら忘れられ、武家の世継ぎが女性であることが当たり前となっている。NHKのドラマで吉宗を演じる冨永愛の長身痩躯で颯爽とした姿も、将軍が女性であって不思議と思わない雰囲気を作りだしている。配役の妙であり演技の功と言えるだろう。

 『大奥』が注目を浴びたのは、そうした女性と男性がそれぞれに担ってきた役割がひっくり返った状況から、ジェンダーとはいったい何なのだといった問いを突きつけてきたからだ。能力があるなら性別など関係無いのだといった主張も感じ取れて、未だに根強く社会に残る性差から来る問題についても考えさせられた。

 ドラマで展開を追い始めた人もいるため詳しくは言えないが、『大奥』は現在に連なる歴史を完全に改編してしまうことを避けようとする。だからこそ、男系男子が尊ばれるような風潮であり、雇用機会均等法で規定されざるを得ないくらいに均等ではない男性と女性の関係が残る今現在の社会から省みて、そうではない状況があり得たかもしれない可能性により強く心を向けさせる。

 初めてドラマ化される完結までの流れを見るなり、原作を読むなりすることで、『大奥』が浮かび上がらせた女性と男性の役割であり、いつの時代もどのような状況でも変わらない恋情といったものを感じ取ることができるだろう。そして同時に、実際の歴史から隙間のような部分を見つけて巧妙に改変したり、空想を乗せることで文献の上でしか触れられなかった歴史上の人物の気持ちに迫ったりして、過去をグッと身近に引き寄せることもできるはずだ。

 漫画にはそうした経験をさせてくれた作品が以前もあった。山岸凉子の『日出処の天子』だ。40年近く前に切り替わった一万円札に描かれていた聖徳太子が主人公だが、すまし顔でちょびひげの男性ではなく、少女と見紛うばかりの美しさを持った人物として登場した。

 厩戸王子という名で、幼いながらも聡明で、なおかつ一種の超能力者で怪異の類を見たり、他人を操ったりできる。そうした知力や能力を使って、飛鳥時代の権力闘争を自分たちに有利に運ぼうとする。そんな厩戸に出会うなり惹きつけられたのが蘇我毛人。最初は厩戸を少女と見間違え、次は厩戸が振るう異能力を目の当たりにするといった具合に、その表と裏を知ってしまう。

 だからといって怯えず、交流を続ける中で毛人は厩戸王子に惹かれていき、厩戸も毛人を愛するようになっていく。女性を愛せない男性という厩戸のキャラクター像は、萩尾望都や竹宮恵子が少女漫画の中で描いてきた、少年愛や同性愛といったものの耽美さを感じさせるものだった。そこに日本の歴史を絡め、聖徳太子という著名な人物を乗せたことで、『日出処の天子』は遠い古代日本に対する関心の扉を開いた。

 『日本書紀』や『上宮聖徳法王帝説』に偉人として描かれる厩戸だが、どこまで事実だったかは分からない。それならと想像をめぐらせ、蘇我馬子による崇峻天皇の排除や、聖徳太子と刀自古郎女との子として知られる山背大兄王の出生の裏側で、厩戸が繰り広げた策謀なり示した態度といったものを描いて、その“実像”に迫っていく。愛を求めながらも容れられず、寂しさの中で生きたひとりの繊細な人間としての厩戸。そんな可能性を示されて、連載時に一万円札の肖像を見る目も少しは変わったかもしれない。

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