『medium』から『invert』へーー相沢沙呼が語る、ミステリ小説における推理、驚き、秘密の暴露

相沢沙呼に聞くミステリの暴露

「秘密の暴露」でなにか面白く書けないか

――前作もそうだったんですが、作中でミステリに関する議論が出てきます。今回は「推理小説は推理よりもむしろ驚きが目的になって読まれている」とか「推理小説で最も安易で退屈な手がかりは秘密の暴露」とか。ミステリを書くうえで「推理」、「驚き」、「秘密の暴露」についての考え方は。

相沢:「推理よりもむしろ驚きが目的になって」という話を入れたのは小細工の1つで、読者のみなさんに今回は「驚き」はないと思ってもらうためですね(笑)。そんなに深い理由ではないです。ただ、今回の作品への反応をSNSでみていると、「衝撃は前作のほうが上だったな」とか厳しい見方があり、みんな衝撃や驚きが欲しいんだなとあらためて感じました。でも、驚きや衝撃って推理小説でなくても成立できる要素じゃないですか。殺人事件などがなくても驚きがある小説はあるし、探偵や推理が物語に登場しなくても最後に衝撃の叙述トリックが明かされるなど、そういう作品もたくさん成立している。そこを考えると、驚きや衝撃のためにはべつに推理小説でなくてもいい。そうなると、推理小説でなければならない魅力や理由とはなんなのだろうと、今も考えています。それが自分でもわかった時、ミステリがミステリである本質が理解出来たら、また面白いものが仕掛けられるかもしれない。これは興味深い問題だと現在進行形で思っているところです。

 「秘密の暴露」に関しては担当編集者むけのネタです(笑)。今回、本に収録した話を書いている時に彼が「秘密の暴露で犯人が捕まるのが一番つまらない」というようなことをいっていた。確かに「秘密の暴露」ってミステリをあまり書かない人が執筆する時や、ミステリを映像化される際などに、安易に使われがちだったりします。それはすごくわかるから、逆に「秘密の暴露」でなにか面白く書けないかなと、これが俺の考える面白い「秘密の暴露」だ! と担当にたたきつけるつもりで仕掛けて読ませてみたんです。

――前作に引き続きということでは、相沢さんの特技であるマジックに関する話が今回も出てきます。「繰り返しにこそ奇術の神髄がある」とありますけど、ミステリのシリーズものだと毎回定番の要素がありつつ、それを逆手にとってということもあるでしょう。ミステリにおける繰り返しの効用とは。

相沢:同じことは繰り返せないから騙せないとみんながいっているので、じゃあ繰り返してやろうかという思いがありました。今回だと、1話、2話はオーソドックスな倒叙スタイルで3話もそうくるかと思わせ油断させて……、というのを考えていたのですけど、3本目の最終話だけ長くて本の半分くらいページがあるから特別感が出ちゃってる(笑)。完全に繰り返しのパターンになっていないですが、パターンをはずすことはできたかもしれないと思っています。

――1話の「雲上の晴れ間」、2話の「泡沫の審判」は読んでいて犯人に同情したくなるところがありますけど、3話の「信用ならない目撃者」では強敵っぽいし、そこからしても違いは感じました。

相沢:犯人像にはバリエーションを出そうとしました。対・翡翠の構図で面白いのが女性に不慣れな男性かなと考えてそれを最初に持ってきて、次はぶりっ子が通じない女性を相手にどう戦うか。最後はぶりっ子が通じない男性でしかも犯罪においてなかなかのやり手。『古畑任三郎』や『刑事コロンボ』のパターン通りにやろうとすると、当然なんですけどワンパターンになってしまう。そのパターンを週に1回みるなら「この展開、安心できるこのパターンがいいんだよ」といった感じになるんですけど、小説として連続で読む場合には「あ、同じ展開」ってなっちゃう。そこをどう型にハマりつつ、崩せるところを崩してバリエーションを作れるかは考えました。

――『medium』のヒットに伴って自分の過去の作品が読まれるようになってほしいと発言されていましたが、『invert』3話のマジックショーの場面では「午前零時」、「サンドリヨン」といったデビュー作『午前零時のサンドリヨン』を思い出させる単語が出てきます。この場面に登場する女性マジシャンは名前が書かれていませんけど、『午前零時のサンドリヨン』に登場した酉乃初だったりしますか。

相沢:3話の物語の流れがまずあって、じゃあ、誰にマジックをやらせるかといった時、ファン・サービスとしてここは彼女に登場していただいてマジックをやってもらおうと思いました。特徴もだしやすいし、あちらのシリーズの3作目をお待たせしている人もいるので、なかなか本を出せないお詫びといってはなんですが出演してもらいました。

――『medium』の帯に「すべてが、伏線。」とあったのに対し『invert』では「すべてが、反転。」とありますね。

担当編集者:僕が最初に提案したのは「すべてが、逆転。」でした。沙呼さんからは「逆転も悪くないけど、倒叙ミステリは英語でinverted detective mysteryだから作品にあうのは反転(invert)じゃないかと提案され、膝を打つ感じで帯に使いました。

相沢:タイトルを『invert』にしようというのは、2話目を書いた時からぼんやりと考えていて、invertだから最終話でなにか反転するような内容がいいなと思って、すべてが覆るというノリで書いていました。でも、今度の帯が「すべてが、反転。」のフレーズだけになるとは予想しませんでした。2作目だから何冠! とか、絶対ごちゃごちゃうるさく書きこんだ帯になると思ったんですが、またもやこんなに潔い帯になるなんて(笑)。情報量がうるさい今だからこそ、書店では逆にこれが浮いてみえて目立つかもしれません。

――相沢さんにとって「すべてが、伏線。」、「すべてが、反転。」と思えたミステリ作品はなんですか。

相沢:パッと思いついたのはサラ・ウォーターズの『荊の城』。まさに反転、なにもかも状況が覆ったショックがあったのを覚えています。逆に『medium』の「すべてが、伏線。」は、作中だけのあらゆるものが伏線だというより、作品のタイトル、カバーなどいろんなところが伏線ですというニュアンスなので、そういう意味ではパッケージも含めて「すべてが、伏線。」という作品はあまりないでしょう。それで今日、Amazonのランキングをみたら泡坂妻夫先生の『しあわせの書 迷探偵ヨギガンジーの心霊術』が『invert』と並んでたんですよ。なぜ今、ランキングが上昇したのかは知らないんですけど、あの本こそ全ページが伏線だし「すべてが、伏線。」ではないでしょうか。

――そうですね、御存知ないかたはぜひ本の実物を手にとってもらいたいです。それでは、最後に今後の執筆予定を。城塚翡翠シリーズは続くんですよね。

相沢:「小説現代」9月号掲載用に今中編を書いているので、倒叙作品をテンポ良く仕上げていって、城塚翡翠というキャラクターを好きになってくれた人のために、なるべくはやく、彼女の新しい本をクオリティを維持しつつ出せたらと思っています。もちろん、自分の持っているマジックの知識と経験を活かしたミステリとしてすごいものを、いずれ長編で発表したい。酉乃初シリーズの3作目も書かなくてはいけないですね。

■書籍情報
『invert 城塚翡翠倒叙集』
相沢 沙呼 著
発売:2021年07月07日
定価:1,925円(本体1,750円)
出版社:講談社

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