錦鯉が語る、“中年の星”と呼ばれるまでの道のり 「人生、粗末に扱うぐらいがちょうどいい」

錦鯉が明かす、波乱万丈の半生

 頑張ろうと一念発起した転機のような時期は、はっきりと思い当たらないという。ただ、月に5本ネタを作ってライブにかけるといったことを続けて、後から思えばそれが「頑張っていた」ということなのかもしれない。そんなふうに、渡辺さんは淡々と分析する。自分たちは漫才師で、僕らの根幹はネタだから、とにかくネタをやるしかなかった。
 今できることをやる。とてもシンプルだ。


 M-1からのブレイク以降、コマーシャル、図鑑の紹介ロケ、番組での体を張ったコーナーなど、新しい仕事に次々と挑戦する毎日。長谷川さんは、楽しくて仕方がないと言う。憧れていたテレビの世界で、まだまだやってみたいことはたくさんある。バンジージャンプとかスカイダイビングとか……歌とかダンスとか。
 渡辺さんは「歌とかダンスもやりたいんだ? すごいね」と驚く。

 新しい仕事はワクワクする半面、未知の世界でもある。大量の仕事が降ってきて、怖くなる時はないか聞いてみた。長谷川さんは「どうにでもなる、って思うようにしてるんです」と笑う。「勝負所だ」「失敗は許されない」なんて思うと、固くなって力が出ない。だから開き直る。「そう思って臨んでもやっぱり緊張したり、口がカラカラに乾いたりするんですけどね」。だからこそ、敢えて開き直って楽しむ。

 渡辺さんも同様だ。とにかく全ての仕事が今は楽しい。時には、あまりうまくいかない仕事もある。それで悔しい思いをすることもあるが、またやりたいという気持ちのほうが強い。戸惑いよりも楽しさのほうが遥かに上回っている。
「僕の場合、人生軽く捨ててますから。人生、粗末に扱うぐらいがちょうどいいと思ってるんです」
 凄みのある言葉に、私は思わず息を呑んだ。「当たって砕けろ」という力みすらない。渡辺さんにとって、今更たった何度かの失敗など痛くも痒くもないのだろう。
 小さい頃から憧れていた「テレビの中の人」に会えて、一緒に仕事をしている。
「ダウンタウンさんに初めてお会いした時はビビりましたね。本当にいるんだ、っていうぐらい」

 お金もパーッと使ってしまう、過去の失敗も笑い飛ばし、将来への不安はどうにかなるさとうっちゃってしまう。聞けば聞くほど、あらゆることに無頓着のように見える。
 それはお二人が「いま」を大事にしているから、そして、人との「縁」を大切にしているからではないだろうか。
 遠い未来の目標やビジョンのようなものも大切かもしれないが、遠くに気持ちを囚われるあまり、目の前のことがおろそかになってはいないか。私は自問した。
 現にお二人は、突然訪ねてきたあまり知られていない小説家からのインタビューにも、心の底から楽しそうに、時間ぎりぎりまで答えてくださったのだ。「いま」と「縁」を大事にしている証拠ではないだろうか。


 長谷川さんには、夢の原点となった人がいる。札幌時代から、高校の同級生である久保田昌樹さんと漫才コンビ『マッサジル』を組んで活動していた。
「僕は東京への思いが一切なかったんですよ。久保田にひっぱられて東京に出て、それで今の事務所に入ったし、隆に出会えたし、M-1決勝に行けたし……。彼がいなかったら今はなかった」
 SMAの後輩である渡辺さんにとっても、久保田さんはお世話になった先輩。
「芸人界隈では、マッサジルは面白いって評判だったんですよ。ぼくも、マッサジルは売れるものだと思ってましたから。だからこそ、本当に悔しかったですね」
 久保田さんは引退した後も応援し続けてくれたという。錦鯉はもちろん、SMAの芸人さんたちの活躍を見る度、喜びのメッセージを送ってくれた。しかし、久保田さんは錦鯉のM-1決勝進出を見ることなく、三年ほど前に亡くなった。
「志半ばで辞めざるをえない状況だったので、ぼくらの今の活躍を観て喜んでくれていると思います。たぶん、ここまでいくとはと驚いているんじゃないですかね」
 テレビなどで昔のコンビ写真を使う度、久保田さんのご家族に報告し、いつも喜んでくれるという。
「これ、すごいなと思うんですけど、よく映画とかであるように、空を見ると久保田の顔が浮かんでくるんです」
 夢の始まりに、久保田さんがいる。お二人が「一番楽しい」と言ってやまない今も、これから進んでいく道も、原点は久保田さんに繋がっている。
 この人がいるから、今がある。
 筆者は、渡辺さんとほぼ同年代である。ロスト・ジェネレーション(失われた世代)などと呼ばれてきた世代。
 そんな中、今が一番楽しいと言い切れる四十代は、格好いい(長谷川さんはインタビュー後まもなく五十歳)。見ていると、私たち同世代の面々も、お二人ほどの大逆転を成し遂げるのは至難の業だけれど、人生を粗末に扱うぐらいのつもりで今をなるべく楽しむことならできるかもしれない。
 慌ただしい毎日、どうか体に気を付けて、これからも新しい今を楽しんでほしいと心から願う。その姿を観て私たちはまた笑い、励まされるのだ。

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