スティーヴン・キングはなぜアメリカを代表する作家になったのか?  風間賢二が語る"ホラー小説の帝王”の真実

キングはなぜ米を代表する作家になったのか

――本では、主要作に関する長めの論考のほか巻末でキング全作品を紹介し、映像化についても多く触れています。風間さんにとってのキング映像化作品のベストはなんですか。

風間:それってキングが原作なの? みたいな、非ホラーで一般的にも人気のある『スタンド・バイ・ミー』(原作1982年、ロブ・ライナー監督映画1986年)、『ショーシャンクの空に』(原作「刑務所のリタ・ヘイワース」1982年、フランク・ダラボン監督映画1994年)ですかね。『シャイニング』(スタンリー・キューブリック監督映画1980年)を入れてもいいけど、ホラーの映像化はだいたいダメ。

 キングは1950年代B級悪趣味感覚の人だから、自分が監督した『地獄のデビル・トラック』(1986年)など「ひどい!」といわれ袋叩き。技術を知らなくて本当にひどいのかもしれないけど、それを狙ってる気がしないでもない。1950年代のB級映画ってああいうものだったから。キング作品の映像化だと、『ミスト(霧)』の映画版(2007年。フランク・ダラボン監督)はよかったけど、テレビ・シリーズでは原作が同じ『ザ・ミスト』(2017年)がシーズン1で打ち切り、『アンダー・ザ・ドーム』(原作2009年、テレビ2013年)も途中でうやむやに終り、『キャッスル・ロック』(キング作品に登場する同名の架空の町が舞台。テレビ2019年)はよかったけど制作中止だし、『アウトサイダー』(原作2018年、テレビ2020年)もできはよかったのに打ち切り。

――死屍累々(笑)。ブライアン・デ・パルマ監督の出世作になった『キャリー』(映画1976年)をはじめ、『デッド・ゾーン』(原作1979年、デヴィッド・クローネンバーグ監督映画『デッドゾーン』1983年)、『ミザリー』(原作1987年、ロブ・ライナー監督映画1990年)、近年では『IT/イット”それ”が見えたら、終わり。』(アンディ・ムスキエティ監督映画2017年、続編『IT/イット THE END”それ”が見えたら、終わり。』(2019年)、『ドクター・スリープ』(原作2013年、マイク・フラナガン監督映画2019年)など、ヒット作、評価された作品、話題作もありましたけど、失敗作のほうが多い。それでもキング作品は映像化され続けています。原作に魅力があるからでしょうけど、映像と小説でなにが違うんでしょうか。

風間:ストーリーだけとればありふれたバカバカしい話だけど、キングはそれを日常生活とキャラをリアルに書きこむことで面白く読ませます。でも、映画では精緻な心理描写やキャラのバックグランドをたいして語れない。ほとんどが単なるあらすじ紹介で終わっている。

――巨匠キューブリックが監督したのにキングが忌み嫌っていることで有名な『シャイニング』についてはどうですか。

風間:まあ、べつものと考えたほうがいい。映像美でみせるキューブリック作品だから。物語としては原作のほうが面白い。でも、双子の少女、エレベーターからドバーッと流れる血、廊下のカーペットの幾何学模様、「All work and no play makes Jack a dull boy」(仕事ばかりで遊ばないとジャックはバカになる。「よく学びよく遊べ」の意味)とタイプライターで打ち続ける作家の狂気、ジャックがドアを斧で打ち破って「Here’s Johnny!」という場面など、映画版独自の印象的なシーンが多い。『シャイニング』はそうした原作にはないイメージで一般的には知られている。キングには皮肉なことにね(笑)。

――原作ではホテルの庭のトピアリー(樹木を動物の形に刈りこんだもの)が不気味に動きますが、映画ではトピアリーはなく生垣が迷路になっていてそこを逃げ惑う。ああいうアレンジは上手いと感じました。

風間:キューブリックの作品として映画版をみれば価値はあるんだろうけど、個人的にはどちらが怖いかといえば原作のほう。怖さの面でキングは怒ったのかも。「キューブリックはホラーを理解していない!」といった感じで。

――それでは、風間さんにとってのキング小説のベストワンは。

風間:『IT』と『ザ・スタンド』(1978年)で並ぶけど、好みとしては『IT』かな。なにせ原書を1週間で読んだし(笑)、語り口が面白かったんです。映画版だと過去パートと現代パートが截然と分かれています。一般の人にはそのほうがわかりやすいだろうし、少年時代の話で人気が出たところがある。でも、原作は基本的に中年のおじさん、おばさんたちの話で、かれらの回想として少年時代が語られる。現在と過去が入り乱れつつITを倒す、あの展開が上手いし、七人のキャラクターたちもよく書きこまれています。ハリウッドだから映画はハッピーエンドにしなくちゃいけないけど、原作は結果的にバッドエンド。そのへんも好きです。

――『ザ・スタンド』は、致死率の高いインフルエンザのパンデミックが起きた世界を舞台にしていて、コロナ禍の昨今とつながる要素があります。

風間:去年の暮れにテレビ・シリーズになりましたが、コロナ禍の前から進んでいた企画が偶然、そのタイミングになった。むしろ制作側の念頭にあったのは流行が続くゾンビもので、その感染による終末、破滅後の世界を描いた一群の作品に便乗といった感じでしょう。そもそもパンデミックや核戦争で崩壊した社会を描くアポカリプス(黙示録)ものは昔からあります。

――そのアポカリプスものもそうですが、キングは吸血鬼(『呪われた町』)、幽霊屋敷(『シャイニング』)、超能力(『キャリー』)など、昔からあるパターンの語り口が上手いですよね。『IT』は、映画版では著作権の関係もあって変更されましたけど、原作は吸血鬼、狼男、半魚人、ミイラ男など定番の怪物が登場しつつ、ちゃんと怖がらせてくれる物語でしたし。

風間:だから現代の語り部、ストーリーテラーといわれるわけです。ベストセラー作家はみんなそうですけど、それを長きにわたって持続しているのがすごい。

――『スティーヴン・キング論集成』は、かなり以前から書き続けてきたキング関連の原稿に大幅に加筆してまとめられている。

風間:30年間くらいのものをまとめました。最初はテーマ別にしようかと思いましたけど、今回は伝記に関する文章は入れなかったので、年代順に作品論を並べることで評伝もかねるだろうし、キング初心者の方にも読みものとして親しみやすいだろうと考えました。

――本の後半は風間さん自身が訳した全7部の「ダークタワー」サーガに多くをあてています。この複雑な構造を持った大河ダーク・ファンタジーは、キング・ワールドの中核ともいえるもので彼の他の作品といろいろリンクしている。

風間:そのわりに読まれていないのが悲しい。映画版『ダークタワー』(2017年)が興行的にこけたのが惜しかった。『ハリー・ポッター』、『ロード・オブ・ザ・リング』みたいに長尺シリーズにすべきなのに、文庫本15冊分が1時間半くらいにされちゃって、それだとB級ホラーかディズニーアニメの尺でしょう。単なるファンタジー・アクション映画としてはそれなりに面白かったけど。シュワルツェネッガー主演『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993年)と同系列の作品としてみればね。

 原作は第1巻が従来のキングらしくなくて、話がこんがらがって難しいという人が多い。でも、SFやダーク・ファンタジーのファンならおなじみの世界観だし、第2巻以降はとっつきやすくなって従来のキング節と近い語り口になるので、キング・ファンを自認するならぜひとも読んでほしいですね。

――日本で最近翻訳された作品についてお聞きします。昨年刊行された『眠れる美女たち』(2017年)は、スティーヴン・キングが息子のオーウェン・キングと合作したものでした。訳を読むと、いつものキングとあまり変わらない印象だったのですが。

風間:キングは過去にピーター・ストラウブと『タリスマン』(1984年)とその続編『ブラック・ハウス』(2001年)を合作していて、片方が1章を書いたら相手が続きを書くというようなやりとりをしたそうですが、息子との合作ではオーウェンがほとんど書いてから父が手を入れたようですね。

女たちが眠り続ける奇想は面白いし、人間の残酷なところ、利己的なところが出ていてキングらしいキャラクターが揃っています。でも、小説家としてはオーウェンより、同じくキングの息子であるジョー・ヒルのほうが断然上でしょう。彼は短編でキングとの合作があるけど、短編に関しては父親よりうまいかもしれない。

 ジョー・ヒルがもしモダンホラー全盛期の1980年代に作品を発表していたら、今のキングくらいになっていたかもしれない。それくらいの素質はあると思います。本当かよ、と疑念を抱かれた人には、ジョー・ヒルの処女短編集『20世紀の幽霊たち』(2005年)の一読をすすめます。父であるキングとの合作が収録されている最新短編集『怪奇疾走』(2019年)もよいです。

――キングは今年になって『アウトサイダー』の翻訳が出ました。

風間:キングは、クライム・ノベルで〈ビル・ホッジス〉3部作を書きましたが、『アウトサイダー』はそのスピンオフ。今後も翻訳が期待される中編集『IF It Bleeds』(2020)にも〈ビル・ホッジス〉もののスピンオフが収録されています。そして未訳の長編『The Institute』(2019年)は、『ファイアスターター』(1980年)や『ドクター・スリープ』、あるいは〈ダークタワー〉と通じる超能力者を題材にした内容になっています。さすがに題材はリサイクルしていますけど、御年73歳です。日本でいうと荒俣宏や高山宏と同年の1947年生まれ。ベビーブーマー世代の作家として旺盛な執筆力は衰え知らずですね。

――こうして論集をまとめ、あらためてキングをふり返っていかがですか。

風間:いやー、30年間、キングで原稿料稼いできたんだなと(笑)。この本を読み返すと、21世紀に入ってからの作品、キングがクライム・フィクションとかノワールとかミステリー・タッチのものをやり始めてからの作品についての論考が手薄なので、奇跡的に増補版を出してもらえる機会があれば、ノンホラーものについても考察したいなと思います。でも、まあ、いまは我ながらよくやったんじゃないのって感じの本です(笑)。

――キングはホラーを代表するだけでなく、アメリカを象徴するほどの作家になりました。

風間:時代の流れに乗りましたよね。1970年代のオカルト・ブームの頃『キャリー』でデビューし、1980年代のレーガニズムでアメリカが保守的になった時代にモダンホラー・ブームの旗頭の役割を果たした。彼は、アメリカの悪夢や恐怖をホラーの形で描き続けているポストモダンな語り部です。入植時代からのアメリカン人の集団的無意識となっている原罪や恐怖(たとえば、インディアン虐殺や魔女狩り、人種差別など)を現代のフォークロアーとして語り直してきた。だから、アメリカ人にとって親近感があるし、身につまされるものとして受けとめられるんでしょう。

 キングはかつて『デッド・ゾーン』で大統領選をモチーフにしましたが、『11/22/63』(2011年)ではケネディ暗殺を題材にしている。そういうところでも、やっぱり一般的なアメリカ人の心をとらえるのが抜群にうまい。結果として2014年には、当時の大統領オバマから国民芸術勲章(National Medal of Arts)を授与され、それで完璧に今日のアメリカを代表する作家になりましたね。

■書誌情報
『スティーヴン・キング論集成 アメリカの悪夢と超現実的光景』
著者:風間賢二
出版社:青土社

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