恩田陸が明かす、17年ぶり“理瀬シリーズ”の創作秘話 「どのようにオチをつけるかは最初に決めていません」

恩田陸、理瀬シリーズをめぐる創作を語る

ゴシック・ミステリへの憧れとオマージュ

――本作は「正統派ゴシック・ミステリの到達点」と謳われています。恩田さんのゴシック・ミステリへの思い入れや、影響を受けた作品について教えてください。

デュ・モーリア『レベッカ』上(新潮文庫)
ダフネ・デュ・モーリア『レベッカ』上(新潮文庫)

恩田:ゴシック・ミステリやお屋敷ものといえば、真っ先に『レベッカ』が思い浮かびます。私は映画を先に観て、その後デュ・モーリアの原作を読みましたが、どちらもそれぞれに素晴らしい。こちらも古典ですけど、シャーリイ・ジャクスンの『山荘綺談』や、リチャード・マシスンの『地獄の家』など、名作お屋敷ホラーの影響を受けています。

――新潮文庫版の『レベッカ』の解説を恩田さんが書かれていて、作品への思い入れがにじみ出る素晴らしい文章でした。『薔薇のなかの蛇』には、アナベル・リーのようにリー・ミズノと呼んでくださいと理瀬が言う場面が登場して、さりげないポー描写にも嬉しくなりました。

恩田:ゴシック・ロマンといえば、ポーを無視するわけにはいきません。ポーの作品では『アッシャー家の崩壊』が一番気に入っています。これもやはりお屋敷もので、幻視者としてのポーを存分に味わえます。

――ゴシック・ミステリとしてこだわった箇所はありますか?

恩田:物語に出すアイテムは、いろいろゴシック的なものを揃えました。「聖なる魚」などの宗教的モチーフ、アーサー王と聖杯などの伝奇的アイテム、お屋敷に脅迫状に猟奇殺人とてんこもりです。

――麦や果実、そして百合や薔薇など、理瀬シリーズには植物のモチーフが頻繁に登場し、物語の耽美的な雰囲気をより一層盛り上げています。今回はカバーもゴシックなデザインに仕上がっていて美しいですね。裏表紙には魚と薔薇のレリーフが入っているのも目を惹きます。

恩田:装画は理瀬シリーズでおなじみの北見隆さんです。北見画伯には長年お世話になっていて、連載中は挿絵だけが励みでした。裏表紙のレリーフは北見さんが作られたオブジェで、それを撮影したものを使っています。今回は初回限定特典として、これまでの単行本装画の特製ポストカードが4種類のうちランダムで1枚ついているので、そちらも楽しんでいただきたいです。

理瀬シリーズと少女漫画の影響

――理瀬シリーズに限らず、私は恩田さんの描く少女が好きです。恩田さんの少女像や少女観に影響を与えた作品はありますか?

恩田陸 編『現代マンガ選集 少女たちの覚醒』(ちくま文庫)
恩田陸 編『現代マンガ選集 少女たちの覚醒』(ちくま文庫)

恩田:あまりにもたくさんありますが、あえて挙げるとしたら少女漫画でしょうか。これまでいろいろな少女漫画を読んできましたが、なかでも内田善美の『ひぐらしの森』は私にとって特別な作品で、沙羅と志生野の関係性は今でも憧れです。ちくま文庫で『現代マンガ選集 少女たちの覚醒』というアンソロジーを編んだ時も、『ひぐらしの森』を入れるのが悲願でしたが、どうしても内田先生の連絡先がわからず、最終的には収録を断念しました。この件が非常に心残りで、次世代の読者にも読み継がれるよう、今後も復刊のお手伝いができたらいいと思っています。

――私も内田善美の愛読者で、『ひぐらしの森』や『空の色ににている』、そして『星の時計のLiddell』などが今でも忘れられません。絶版となり入手困難な作品を、いつかまた多くの人が読めるようになりますよう……。そして恩田さんの少女主人公の代表格である水野理瀬について、思い入れなどをお聞かせください。

恩田:理瀬にはいろいろな側面があります。清濁併せのめるけれども、ある種の潔さがあり、凛としている。しなやかな強さを持っている少女ですね。書いている私自身、理瀬のそういうところが好きですし、憧れのタイプです。

――理瀬の人物造形だけでなく、小説全体を通して、理瀬シリーズは恩田さんの作品のなかでもとりわけ少女漫画の影響が感じられます。

恩田陸『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)
恩田陸『麦の海に沈む果実』(講談社文庫)

恩田:たとえば、シリーズのうち『麦の海に沈む果実』は、萩尾望都の『トーマの心臓』などの寄宿舎ものを自分でもやってみたいと執筆した作品でした。学園の設定やキャラクターには、少女漫画の影響が強く投影されています。

――限定された空間を描く理瀬シリーズの閉塞感が、個人的にはとても心地よいです。ある種の密室性と、そのなかで起きる人間模様に惹かれてたびたび読み返しています。

恩田:私も閉鎖空間が好きで、場所を変えつつ書いています。おかげさまで理瀬シリーズは版を重ねていて、新たな世代の方々にも読んでいただいている印象です。私もたまに書きたくなるし、シリーズはまだ続けていきたいです。

――少し気が早いですが、今後の理瀬シリーズについてはいかがでしょうか。

恩田:現時点ではまだ何も決まっていません。今も連載を多数抱えているので、いつ執筆の順番がめぐってくるかという問題がありますが、『薔薇のなかの蛇』の最後を思わせぶりにしてしまったし、機会があればまた新作を書きたいとは思っています。

■書誌情報
『薔薇のなかの蛇』
著者:恩田陸
出版社:講談社
出版社商品ページ:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000350949

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