スギ花粉研究者が語る、花粉症患者が増えた理由 「花粉症は人類が自分たちで作り出した病気」

スギ花粉研究者が語る花粉症の歴史

花粉症が「豊かさ」と連動している

――産業革命による衣食住の変化、豊かさの追求、それによって進む地球温暖化。花粉症がそのような生活の変化につながっているとは思いもよりませんでした。

小塩:例えば、牛乳普及率のグラフは、花粉症の普及率ときれいに一致しますし、肉や油の消費量の変化にも当てはまります。おそらく、グロブリンというタンパク質が増えることが影響しているのでしょうが、花粉症が「豊かさ」と連動していることは間違いありません。発展途上国でも、お金持ちの間で患者が増えてきていますからね。現代社会は、自分の生活に必要なものがどこから来てどこへ行くのかがわからない社会です。人と人、物と人との履歴が寸断されて、植物や動物との結びつきが薄れていきていることも影響しているのでしょう。私の好きなバリー・コモナーという生態学者が「すべての生物はほかのすべての生物と結びついている」と言っているのですが、環境というのは一つの増幅器で、Aという場所で起こった小さなことがBという場所で大きくなって現れるということがしばしばあるんです。ですから、人と人、人と生き物がお互いに尊重し合うような環境のあり方を模索していかないといけないのでしょうね。

――小塩先生の話されるようなあり方の一歩を踏み出すために、私たちの毎日の生活レベルでできることはあるのでしょうか。

小塩:臨床生態学の父と称されているセロン・ランドルフはアレルギーにならないために1回食べた食材は5日間食べず、食べる物に多様性を持たせることを提唱しています。化学肥料の特許を取得したユストゥス・フォン・リービッヒという科学者は肉エキスの特許も取得しているのですが、ブイヨンやエッセンスのおかげで誰もが簡単に知恵を絞ることなくおいしい料理を作れるようになりました。そして農業も化学肥料や農薬を使って短い時間で効率よく集約的に作物を作るようになっていったのですが、そうなると人間は物事を考えなくなるんですよね。花粉症はすぐに死に至るような病気では無いけど、誠実に向き合っていろんな分野の人と知恵を出し合っていくことが大事なのではないかなと。これは新型コロナウィルスや鳥インフルエンザ、原発事故などありとあらゆるものの共通の課題なのではないでしょうか。

――これから日本の人口は減少していくでしょうし、林業や農業のような第一次産業に関わる人たちも減少しています。今後の課題として、山の管理や自然環境をどうやっていくのかという問題も深刻ですね。

小塩 人口の減少は、確かに問題ですね。農業や林業、教育、医療、福祉、子育て……必要不可欠なものがビジネスになってしまっている現状があります。医者にしても必要不可欠な産婦人科や小児科が儲からないという理由で減少していて、美容外科など儲かる病院が増えている。人間の生活に必要なものは、政府がきちんと保護補助しないといけないのではないでしょうか。花粉症やアレルギーを最初に発症するキッカケは、ストレスがかかったときなんです。現代は必要なことにお金がかかりすぎて、精神的な余裕を持つことができない。もう少し気楽に運動したり、おしゃべりをしたりできる生き方に変われば、花粉症とももう少し気楽に向き合えるようになるかもしれません。

――先ほどお話しされていたように、人と人、物と人、生き物と人のようなつながりをもっと突き詰めていく必要もありますよね。

小塩:小説家でもあり詩人でもあり哲学者でもあるウェンデル・ベリーがその著書『農的生活のすすめ』で、「現代文明というのは履歴がわからないのが特徴だ」と書いています。先ほどバリー・コモナーの言葉について話したように、手元にあるものがどうやって自分のところに来ているのか、自分から出ていったものがどのように他人や環境に影響を及ぼすかを考える必要があります。花粉症を発症する因果関係は複雑でなかなかわかりませんが、わからないなりに上手に付き合っていくことが必要でしょうね。花粉を憎らしい敵のように感じる人も多いでしょうが、過去から将来に向かっての人類の結びつきの一つの表現型とも考えられるわけで、不都合だと思わず、上手に付き合っていければいいのかもしれないですね。

——そういう中で、小塩先生は花粉を減らす方法としてパルカットという植物由来の界面活性剤を散布しようと提案されているんですよね。

小塩:現在、林野庁では黒点病菌(シドウィア・ジャポニカ)を散布する技術開発を進めているのですが、黒点病はそもそも病気ですから突然変異して葉っぱも変えてしまうようになるかもしれません。アニミズム的な考え方だといわれるかもしれませんが、病気にさせて対策を取るなんて、スギがかわいそうだなと思ってしまうんですよね。

 ただ、パルカットを散布することも、難しいところがあります。国有林や県有林に税金を投入して撒くのはコンセンサスが得やすいと思いますが、私有林に関しては困難ですし、東京都のお金で埼玉県の林に撒くというのも政治的なハードルがある。だったら「国のお金で私有林にパルカットを散布するのを拒否しないでほしい」という説得ならできるかもしれません。花粉が飛ばなくなったら、その分、幹が太るので、材木としての価値も高まりますからね。

――本著をどんな人に読んでもらいたいですか?

小塩:この本を知り合いに献本するとき、「今は花粉症より深刻な問題がたくさんあるけど、自分たちが困っている日々の生活、病気、老いなどを受け入れながら、そのひとつひとつに全力を尽くして誠実に向き合っていくことがより大きな社会問題や環境を解決する知恵を生み出す源泉になるのではないかと考えています」と書いて送りました。深刻な花粉症の人からは、とても花粉に同情する気にはなれないと言われましたが(笑)、花粉症になって人生が真っ暗だと思うのではなく、花粉症になっても楽しいことがあるんだと思いながら読んでいただければいいのかなと思います。

■書籍情報
『花粉症と人類』
著者:小塩海平
発行:岩波書店
価格:880円

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