ラノベには正典や古典は存在しないーー『ライトノベル・クロニクル』が描き出す現状

社会とともに変化し続けるラノベの「現在」

 本書では、学校における読書調査の数字を元に、中学生のラノベ離れが起きているという気になる指摘を行っている。マクロトレンドばかりを追いかけ、中高生のニーズに向き合っていない出版側の態度が2030年代にどう現れるかは、著者でなくても興味の及ぶところ。そうした中、「ブギーポップ」や「ハルヒ」を避けたガイドで「キノ」だけが取り上げられているのは、定番となって時々の10代に"発見"され続けているからだ。

 その理由として挙げられている、性的な意匠に乏しく学校の図書館に入れやすい、短編で朝の読書運動で活用されやすい――といったことを学んで、ラノベが回帰に向かうかというと、そこは講談社の青い鳥文庫や、ラノベの他に新海誠、細田守といったアニメのノベライズを入れて読者層を上に上げてきているKADOKAWAの角川つばさ文庫などが拾い上げていくのだろう。

 佐島勤『魔法科高校の劣等生』や日向夏『薬屋のひとりごと』、長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』、カルロ・ゼン『幼女戦記』、山口悟『乙女ゲーム破滅フラグしかない悪役令嬢に転生にしてしまった』等々、ずらりと並ぶ現在のラノベたちの多くが、ネットの小説連載サイトから出てきていることにも、目を配る必要がある。そこは、ブックガイドの間に「ウェブ小説書籍化の歴史」というコラムとして紹介してあり、遠く源流まで遡って知ることができる。山本周五郎賞作家の米澤穂信が、ネット小説サイトを運営していたことなど、改めて語られることの少ない情報が満載だ。

 もうひとつ、ボカロ小説の潮流にも目を向ける必要を感じさせる。2020年末のNHK紅白歌合戦で、KADOKAWAの新拠点「ところざわサクラタウン」から出演したYOASOBIは、ソニー・ミュージックエンタテインメントが運営する小説&イラスト投稿サイト「monogatary.com」に投稿された小説を音楽化にするプロジェクトから誕生した。カゲロウプロジェクトや、「告白予行練習」シリーズのHoneyWorksを第1波とするなら、YOASOBIやヨルシカ、カンザキカオリといったボカロPによる活動から、ボカロ小説の第2波が来ているようだ。ただし、何でもありのラノベジャンル内ですらラノベと認めないまま、ボカロ小説は文芸の方へ去って行ったという。

 勃興してジャンルとなり隆盛に至りながら現在を消費し続けるようになったラノベの行き着く先はどこか? 『ライトノベル・クロニクル2022-2031』の中にきっと答えが書かれるだろう。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書誌情報
『ライトノベル・クロニクル2010-2021』(ele-king books)
著者:飯田一史
出版社:Pヴァイン
発売日:2021年3月10日
価格:本体1,800円+税

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