日本に地図にない“地下空洞”があったら? 異色のビジネス小説『インナーアース』の面白さ

現代版“地底旅行”『インナーアース』の魅力

 科学も小説もヴェルヌの時代から進歩した。もちろん物語世界という前提ではあるが、地下の大空洞に行くための目的や資金をリアルに描くために、作者はお仕事小説というジャンルを選択したのではなかろうか。

 さらにメカや冒険の魅力も見逃せない。晶たちを乗せて地下を掘り進む〈道行〉の姿には、ワクワクさせられる。ロボット工学の権威で、〈道行〉の設計にもかかわった森稲葉博士の説明を聞いていると、現在の技術で製作可能なのかと思ってしまうほどだ。ちなみに本書の作者の小森陽一は、航空自衛隊のパイロットを主人公にした『天神』シリーズなどで知られている。メカの描写は抜群なのである。

 さらに地下の大空洞に到着した後は、冒険小説のようになる。ただし作者は、晶たちに安直なピンチを与えない。意外な方向から危機が襲いかかるのである。しかもこれが、地上に残った天河のドラマと結びつき、意外な真実が明らかになるのだ。いや、この発想には驚いた。まさかこういう方向に話を持っていくとは、予想外もいいところだ。

 とはいえ本書のメインとなっているジャンルは、やはりお仕事小説である。大空洞の地図化に夢中になる晶、がさつなようで情味のある鷹目、他人とは違う視点を持つ日向翼など、メイキョウのメンバーは、錯綜した状況の中で、地図会社の社員として全力を尽くす。地上の思惑をぶっ飛ばす、地図屋魂が愉快痛快。彼女たちと共に、21世紀の“驚異の旅”を、存分に楽しんでほしいのである。

■細谷正充
 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
集英社文庫『インナーアース』
著者:小森陽一
発売日:2021年2月19日
価格:本体780円+税
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