資本主義ではなく“地球”の限界がやってくる? 『人新世の「資本論」』が2月期月間ベストセラーに

地球の限界を考える『人新世の「資本論」』

ファクトベースの問題提示と、思考実験として提出される解決策

 従来型の左翼臭がする労働問題ではなく、世界的なホットトピックである気候変動、自然の脅威をファーストイシューに設定している点が、拒否感なく本書が多くのノンポリ読者に受け入れられている理由だろう。

 そして、気候変動を解決する手段として資本主義をやめれば、同時に労働問題や先進国による途上国の搾取なども解決する、という二段構えになっていることによって、従来型のリベラルメディアや知識人にも歓迎されている。

 本の最初の4分の1で、環境経済学などの知見を援用し、数字をベースに気候変動問題を解決するには経済成長の追求をやめることが不可避だと示す点は説得的である。きれいごとの理念に基づく批判ではウザがられやすいという昨今の風潮をよくわかった上で、ファクトで気候変動対策の諸手段を検討し、軒並み「ダメ」だと示していく。

 そのあと唯一の解決策として提示されるのが、これまで研究者にすらほとんど顧みられることのなかった晩年のマルクスの構想に基づく「脱成長コミュニズム」である。

 後半になると序盤の実証重視の議論の運びとは打って変わって、「こうすればこうなるんじゃないか」という思考実験が増えるので、正直言って個人的には面食らってしまった。「今すぐ抜本的に取り組まないと、気候変動対策は間に合わない」と序盤で読者に突きつけておいて、斎藤氏が示す解決策は「水や電力など命に関わるものは市民同士で“コモン”(共有物・共有財産)として共同管理」「必要のない消費や成長を煽るだけのブルシットジョブ(本当はやめても何の問題もないクソみたいな仕事)であるマーケッターやコンサルタント、金融機関の仕事は全部ナシにして、エッセンシャルワーカーにこそお金が回るようにしよう」「株主と経営者が会社を運営するのではなく、労働者同士が話し合いながら仕事を決めるようにしよう」なので「えっと……これを今すぐ人類規模でどうやれば取り組めるのだろう???」と思い、地球の近未来に対して、とても悲観的になってしまった。

 ともあれ、気候変動対策をめぐる議論の整理、「加速主義」をはじめとする近年の現代思想の潮流、日本の左派経済論壇と欧米の左派の動向の違いなどが手際よく整理されており、この論点整理の部分だけとっても非常にコスパの良い新書であり、著者の主張に賛同するしないはさておいても、未読の方には改めて一読をおすすめしたい。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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