大阪にやってきた人、大阪を出ていった人、街のイメージはどう異なる? 社会学者と作家、それぞれの記憶

社会学者と作家の目に映る『大阪』

 一方の、「たまたまその街で生まれた一人の人間をサンプルにして眺めてみようと思った」という、1973年生まれの柴崎の視線から見た地元「大阪」。まだ一人でどこまでも行けなくて、テレビや漫画だけが「外の世界」だった小学生時代から、徐々に自分の足で外に歩き出し街の文化・娯楽に触れていく中学生時代、それらを思う存分享受する高校生時代、作家を志しながら社会人として働き、やがて上京する30歳までの日々、そして東京から大阪を思う日々のことが詳細に描かれていた。学校に行くのが苦しくてオレンジ色の環状線に乗って、乗り降りする人々を見つめていたという中学生時代のエピソードが印象的である。

 また、柴崎の「大阪」は、テレビ・映画・音楽等のカルチャーを通して見た「大阪」でもある。街の風景が、映画『どついたるねん』や『男はつらいよ』を通して紹介されるのも心地よいが、なにより『なげやり倶楽部』や『4時ですよ~だ』などのテレビ番組や、心斎橋での「出待ち」のこと、一人で観た『ドグラ・マグラ』はじめ、観た映画、行ったライブの数々といった、大阪の街で吸収した80・90年代カルチャー史も丹念に織り込まれているため、当時の文化を知る、もしくは反芻する上でも有効である。

 柴崎のエッセイから見る大阪には、両親との確執や「狭い世界」だった学校で感じた生きづらさ含め、「幸せな記憶」だけでない感情もたくさん含まれている。一方で、苦しかった頃の自分を救ってくれた大阪の路地・商店街・街への愛も多く描かれていた。

 最後に柴崎が言及する「ここを歩いているわたしと、いつかここを歩いていた誰かが、会うことはないけれど、確かに同じ場所にいる、その感覚」という言葉にハッとさせられる。ここに描かれているのは、大阪という街の過去であり現在であり未来だった。彼らがすれ違った、その場所で生きる人々の人生の断片が、歩いた道がそこにはあった。

 それを通して、私は自分がこれまで生きてきた街を思った。今生きている街を思った。通りすがりに、出会った人々のことを思った。この本は、そんな全ての人の「かつていた場所」の記憶なのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■書籍情報
『大阪』
著者:岸政彦、柴崎友香
出版社:河出書房新社
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309029375/

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