『暗殺教室』作者・松井優征の新連載『逃げ上手の若君』 なぜマニアックな“北条時行”を主人公に?

松井優征『逃げ上手の若君』の新しさ

 一方、(マイナーな人物を主人公に選んだ代わりに)物語の構造は極めて王道だといっていい。いま本稿を書いている時点では2話目までしか読んでいないので、この先どうなるかはわからないが、現段階では、ジョーゼフ・キャンベル(神話学者)が提唱している古今東西の神話の英雄譚の基本パターンを踏襲しているように見える。

 具体的にいえば、それは、(1)主人公が非日常の世界へと旅立つ、(2)イニシエーションを経験する、(3)元の世界に帰還する、というものだが(有名な『指輪物語』などもこのパターンの物語である)、『逃げ上手の若君』に当てはめていえば、(1)足利高氏の謀叛による逃亡生活の始まり、(2)メンター(導き手)である信濃国の神官・諏訪頼重のもとでの成長、(3)再び北条氏の天下を取り戻せるかどうか、ということになるだろう。

 いずれにせよ、今回、松井優征が描いている少年・北条時行のキャラクターは本当にすばらしい。「逃げ上手」というのは、本来は武士の生き方としても、少年漫画の主人公のあり方としてもあまり褒められたものではないだろうが、そこを逆手にとって、時行というキャラの魅力的な「武器」としているところに、この作品の新しさはある。

 そう――臆病者の若君にとって「逃げる」とは「生き抜く」ことと同義であり、彼の中の怪物が目覚めた時、再び世界は震撼するだろう。

■島田一志……1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。https://twitter.com/kazzshi69

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