「動物園は、いつの時代も社会の縮図」 文化史研究者が語る、“動物の権利”の歴史

「動物園」は必要?人間の動物観の変遷に迫る

興行師バーナム、そして動物商カール・ハーゲンベックの登場

――近代の動物園を生み出した人物として、本書では映画『グレイテスト・ショーマン』の主人公のモデルとなった興行師バーナム、そして動物商カール・ハーゲンベックが挙げられていましたね。

溝井:2人ともいろいろ批判されるようなこともした人物ですが、バーナムもハーゲンベックも部外者でありながら、動物園の発展に存在感を示したことは高く評価しています。もともと、バーナムは見せ物をしていた人ですし、ハーゲンベックは動物取引を商売としていて人でした。そういう人たちのほうが幅広い視野を持っている。つまり、当時社会がはたして何を求めているのかを知っている人たちだったのです。おそらく彼ら、特にハーゲンベックにとっては、狭い檻での動物飼育を市民は喜んでいないらしい、動物園は体験型の施設であるべきということに気づいていたようです。ハーゲンベックはそのような視点から、広大な敷地で動物を飼う方法を生んで――成功したら批判されたりもしましたけれど――動物園に新しい時代をもたらしたといえるでしょう。

3. ハーゲンベック動物園の旧入場門

動物園や水族館が突きつける冷たい現実

――本書で特に衝撃的だったのは、戦時中の動物園についてでした。『かわいそうなぞう』のことはもちろん知っていましたが、日本だけでなく世界中で戦争によってたくさんの動物が犠牲になっていたというのは非常に辛い現実でした。

溝井:動物園や水族館が私たちに突きつけているいちばん冷たい現実は、支配する側が人間であり、支配される側が動物であるということです。日ごろ動物園や水族館で楽しんでいる時は、そういったことをあまり感じませんが、動物飼育は基本的にすべて人間の意思に任されているという実態があります。人間が危機に立たされた時、当然、人間は自分の身を守ろうとするものなので、動物と人間のあいだの溝がこれでもかというくらい、はっきりと見えてしまうんです。

4. 第二次世界大戦中、東山動物園で殺処分の訓練をする猟友会メンバー。同園もライオンなどの処分はまぬがれなかった

――本書の中で、ドイツのノイミュンスター動物園の園長が、新型コロナウィルス流行によって「最悪のときは動物たちの間引きもありうる」と示唆していたことは、この世界も戦時中と同じように動物たちを過剰に振り回してしまう怖さを痛感しました。

溝井:衝撃的なニュースですが、どちらかと言うと注意喚起の意味を込めて、こういった恐れがあると敢えて表現したんだと思います。ただ、社会のサポートが失われた瞬間、ヨーロッパのような動物園先進国であってもこういったことを考えざるを得ないんだということは感じますよね。戦時中は総力戦に突入してしまったので、動物園は最悪の事態を迎えてしまいました。今、世界中の動物園は厳しい状況に直面していますが、コロナの流行がどれくらい長く続くのか、まったく予想はつかないので、状況が悪くならないことを祈るばかりです。

動物園は「自然以上に自然らしい世界」を作ってきた

――動物園でのさまざまな試行錯誤について書くなかで、いちばん興味深く感じたのはどんなことですか?

溝井:個人的にいちばん面白いなと思うのは、動物園のデザイン。建物を見ることによって、その動物園が動物のことをどう考えているか、動物に敬意をはらおうとしているのかは感じとれます。歴史的に見ると、かつては監獄のデザインに似た施設もあれば、ハーゲンベックが考えたようなパノラマ式のものもあり、最新型の野生空間に没入できるランドスケープ・イマージョンを導入したものもある。人間の無数のアイデアをいかに実現して、デザインするかというところは非常に面白いですね。

――最近の動物園の展示は、動物福祉を向上させ、なるべく自然や野生に近づこうとしているようにみえます。

溝井:大きな流れとしてそうですね。もちろん本物の自然というわけにはいきません。動物園は「自然以上に自然らしい世界」を作ってきました。けれども、それはあくまで人間がイメージした自然を形にしているのだということは忘れないほうがいいですね。

 私たち人間は自然を楽しむ時、代用品や二次創作物で満足することが多いんです。例えば、水族館に行くと海に潜ったような気分になれる。動物園やテーマパークもそうですね。それは、理想化された姿だけで満足してしまうようなことでもあります。今の流れはもちろん誤っていないと思うのですが、そこから先に、動物がほんとうの自然に生息する姿を見てみたいと思わせることが重要だと思います。

5. 天王寺動物園、ゾウのいる風景。植栽によって、幻滅を誘う建物などは隠されている(ただし21年現在、ゾウは飼育されていない)
6. こちらも同じく天王寺動物園。肉食動物と草食動物がワン・シーンにおさめられている

――動物保全に対して、日本は後進国だと言われています。動物園の施設はまだまだ旧式のものが多いですが、動物福祉の充実が求められる今、飼育員さんたちが工夫を凝らしてQOLを向上しようと努力している動物園もたくさんあります。

溝井:この本を通して強調したかったのは、人間の動物に対するイメージ、つまり動物観が今、大きく変化しつつあるということです。動物の権利が言われ始めたのは1960~70年代辺りからで、その影響が直撃したのはアメリカの動物園でした。今は随分と改善されていますが、ヨーロッパ、そして日本の動物園もグローバルな流れを意識せざるを得なくなっています。動物福祉に無頓着でいることが、許されなくなりつつあります。

 今はコロナ流行の影響もあって、外国人はあまり日本に来ていませんがいずれ戻ってくるでしょう。SNSによって写真や動画が瞬く間に世界へ拡散されてしまう時代ですから、国境はないものと考えていたほうがいい。その中で、日本はヨーロッパやアメリカ以上に動物福祉をしていますと胸を張って言えるようになっておかないといけないでしょうね。そして、そこでも重要なのは部外者の視点です。シビアな目で見ると日本の動物園はまだまだ改善の余地はあるでしょう。健全さを保つ意味で、一般の人たちの批判的な目は必要だと思います。

――動物園は、動物福祉、そして飼育環境においてさらに変化していかなければいけないということですね。

溝井:はい、変わらないといけません。

 歴史を研究している立場からいいなと思うのは、動物福祉に気を配る一方で、古い飼育舎を残している動物園です。ロンドン動物園やアントワープ動物園では昔の飼育舎を保存ないし復元して、在りし日の姿を伝えています。そうやって歴史へのアクセスポイントを残しておくことで、動物園として奥行きが出てくるのではないでしょうか。歴史的な資料としての価値も大きいです。

――天王寺動物園にあるチンバンジーのリタとロイドの像は、まさにそれに当てはまりますね。

溝井:はい。チンパンジーに芸をさせていたというのは、苦い記憶でもあります。ですが、かつて行っていたことをなしとするのではなく、昔はこういうことがありましたと示していることは立派です。天王寺動物園では、例年夏に戦争と動物園の展示もやっていて、当時、殺処分があったこと見せています。そういった視点は良心的で、大いに評価すべきでしょう。

 昔の自分たちはどうだったのか、だからこそこうしなければいけないんだということを、歴史を踏まえて考えている動物園は大丈夫です。なぜなら、広い視野でどうしなければいいかをわかっているからです。また、欧米における動物園、水族館の立場は非常に厳しい状況がありますが、だからこそ優秀です。それらの動物園は動物福祉に心を配っていることは見ていて明らかです。市民の意識がそうさせてきたといえます。

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