作家・呉勝浩が語る、コロナ禍で“理不尽への抵抗”を描いた意味 「悲劇に抵抗し、未来へと繋げていく」

呉勝浩が語る、「抵抗」と「未来」について

前作『スワン』に対する答え

写真提供・文藝春秋

――前作『スワン』のインタビューでは“乗り越えられない悲劇”がテーマとおっしゃっていましたが、本作では“それでも生きていかなければならない”と、前作に対するアンサーのような内容だと感じました。

呉:なるほど。確かに本作では抗うことで物語を前向きに決着づけたいという思いがありましたし、前作の主人公がその後どうしたのかを考えると、アンサーと取れる内容かもしれないですね。時代背景や状況が違うので、一概には言えないですが、どちらの主人公も理不尽な責任を背負いながら日々を生きているわけですし。

 前作と違うのはスケール感。本作は、時代を跨ぐことで構えを大きくして挑みましたが、それこそまさに20代では書けなかったスケール感なんです。そのうえで、前作と同じ「理不尽に対する抵抗」を表現したかった。前回のインタビューでもお話ししましたが、やはり僕の主たる執筆テーマは「抵抗」なので、そういう意味では通ずる部分があるのかなと思います。

――本作の主人公たちが背負うことになる「理不尽」に対する責任は、「スワン」とは比べ物にならないほど、非常に重たいものですよね。それはなぜでしょうか?

呉:僕は執筆を進めながら物語を作っていくタイプで、書き始めた時点では誰が死ぬとか、犯人は誰かとか、全く分からない状態なわけです。とりあえず事件を起こさなくちゃと探り探り書き進めていくうちに被害者が決まり、それでようやく物語の大枠が見えてくる。だから全部計算づくというのではなくて、自分なりに書き進めながら、この物語の主人公たちはこれだけの事件を経験しているんだろうなと見つけていった感じです。

 それに加え、本作は戦争をはじめとする歴史の問題が背景にあります。在日の問題も絡んでいて、もしかすると不快に思われる方もいらっしゃるかもしれない。物語を動かすことだけを考えるなら、違うアプローチもあったでしょう。でも、僕にとって「理不尽な悲劇」というモチーフの核心が、この事件には備わっていて、やはり他にすり替えることはできないと腹を括りました。

 センシティブな問題を扱う以上、自分の満足感だけで終わってはいけないという思いはあって、担当さんと話し合ったり、現地へ取材に行ったり、足りないものを埋めるようつとめました。その点も含め、本作を書いたことは僕自身にとって、とても勉強になったと思っています。

人物像の成り立ち

――主人公・栄光の5人組はどのようにキャラクターを考えたのでしょうか。

呉:今回、やはりページ数が多いので、登場人物はある程度ステレオタイプにキャラ立ちさせようと考えました。あまりにトリッキーな主人公たちだと、読者も読みづらいだろうと。特に意識したのは、描かれる時代ごとに実在していて違和感のない人物像を作り上げること。読者がどう感じるかは分かりませんが、たとえば彼らの高校時代などは、昭和中期に生まれた世代ならではのピュアさ、あるいはイタさを表現できたと思っています。

――確かに同年代じゃない自分にとっても、イタさが懐かしかったです(笑)。あとは主人公・河辺とチンピラの茂田の関係性もいいですよね。

呉:茂田は特に書くのが難しいキャラクターでした。最初はただのチンピラで、僕としてもライトに楽しく書けていたのですが、河辺と知り合ってからの彼は、人間らしさに目覚めるというか、誰しもがさまざまな事情を抱えて生きているんだということに気づいていくんですね。それまで茂田が築いてきた人間関係は、「物をくれるか、くれないか」で終わってしまうような、実に即物的で、人間を人間として見ることとはかけ離れたものだった。それが河辺との交流を通じ、混乱しつつもだんだん人間らしさを知っていく。茂田のそうした変化を、物語が進めながら書きたくなってしまったんです。

 本作を執筆するにあたり、今この時代に『テロリストのパラソル』を書かねばならない理由を見つけることが、僕にとって大きな課題だったのですが、その答えを担ってくれたのが河辺と茂田の関係性だったと思います。

 茂田も含め登場する人物はみんな、僕自身の中にある要素を切り分けて膨らませたキャラクターです。もしかしたら自分にも、こういう人生があったかもしれないと思いながら書きました。その分、それぞれのキャラクターに思い入れはありますし、やはり書いてよかったと思っています。

――改めて、この長編を書き終えて今の心境は?

呉:大変だったというのが率直な感想です。実際、このインタビューのつい最近まで直しを入れていたので。執筆自体も重たい内容で大変だったのですが、コロナが原因で筆が乗らない時期があったのも辛かったですね。昨年の4月〜5月頃、世間でコロナが蔓延して暗いニュースばかりが続くなか、まだコロナがない2019年の話を書いているわけで。虚しさに襲われて、書く手が止まって、どうしていいか分からない状態に陥りました。

 ですが、考えるうちに、逆にこんな時だからこそ書くべき作品じゃないかと思えるようになったんです。すると、執筆も前向きに取り組めるようになって。特にコロナ以降、明るい未来が見えづらい不安定な時代になっていると思います。だからこそ、読んでもらいたい作品だと言えるのでしょう。インタビューでお話しした通り、僕の執筆テーマはずっと変わらず「抵抗」。このどうしようもない悲劇に抵抗し、未来へと繋げていくことが本作の持つ役目だと思っています。

■書籍情報
『おれたちの歌をうたえ』
呉勝浩 著
定価:本体2,000円+税
発売日:2021年02月10日
出版社:文藝春秋
公式サイト

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