悪役令嬢の中身は“オタクのおじさん”!? 社会人生活で身に付けた常識で異世界をどう変えるか

悪役令嬢ジャンルに参入した“おじさん”

 また、「悪役令嬢」もの、「異世界転生」もののフォーマットを、きっちり守っている点にも注目したい。たとえば魔法の実技授業では、魔法陣に漢字を書き加えることで威力が高まる。これは「異世界転生」もので、使い倒されたアイデアだ。それを踏襲しながら漫画ならではのオチをつける。ベテラン漫画家の確かな手腕が感じられる部分だ。

 もうひとつ書いておこう。グレイス=憲三郎は、公爵家お抱えの鍛冶屋に頼んで、そろばんを作ってもらうのだ。地球の道具を異世界で再現するというのも、この手の作品のパターンである。ただし作者は、それだけで終わらせない。

 生徒会の予算チェックでそろばんを使いながら、数字が合わないときは「9で割る」という確認方法を披露するのだ。もちろんパソコンがなかったころの、憲三郎の経験があればこそである。このように憲三郎の存在を常に活用しているからこそ、独自の面白さが生まれているのである。

 なお、そろばんが使用される第五話のタイトル「9で割る!」は、『釣りキチ三平』で知られる矢口高雄が、自身の銀行員時代を描いた漫画『9で割れ!』を意識したものであろう。こういうお遊びも愉快である。

 物語はまだ始まったばかりであり、この先がどうなるかは分からない。だが、上山道郎なら大丈夫なはず。「悪役令嬢」もののフォーマットを守りながら、どこまで弾けてくれるのか、今後の展開を大いに期待しているのだ。

■細谷正充
 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『悪役令嬢転生おじさん』1巻(ヤングキングコミックス)
著者:上山道郎
価格:本体650円+税
発売日:2020年12月16日
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