「暴力的な言葉を話すことに依存する人が増えている」 作家・星野智幸が語る、絶望的な時代における“言葉の力”

星野智幸が語る、家族の問題とこれからの社会

この先に必要になる価値観を残しておきたい

ーー以前のインタビューで星野さんは、「2011年の震災以降、小説を書く意義を見失いかけた時期があった」と話されていました。その後、日本の社会はさらに変容し、状況は悪化していると思いますが、現時点において、小説を書き続ける意味をどう見出してますか?

星野:ずっと自分でもどうしていいかわからなかったんですが、『だまされ屋さん』という小説を書こうと思った核には、「この先に必要になる価値観を残しておきたい」という気持ちがあったんです。これまでは社会の問題をグロテスクに拡大して描くことが多かったのですが、今回はそうではなくて。社会の混迷はまだまだ深まるでしょうが、いつかは底を打つ。そこから立て直すときに必要な価値観、「こういう方向に進んでほしい」という思いを示しておきたかった。小説の舞台は現在ですが、気持ちはもっともっと先の未来にあります。

ーーなるほど。つまり現状に対する認識は相当に暗い、と……?

星野:かなり絶望的だと感じています。自分自身がダークサイドに落ちてしまわないか、「何をやっても無駄」というニヒリズムに支配されてしまわないかと不安になる日々なので。コロナ禍になり、その傾向はさらに強まってますが、他者に対して攻撃的になったり、すべてに無関心になることを避けるためには、長いスパンで考える必要がある。いまの状況も10年、20年という時間をかけて悪くなったわけで、それが一挙に良くなることはあり得ない。いい方向に進むにしても同じだけの時間が必要だし、そのためにも「こうあってほしい」という価値観を今のうちにせっせと埋め込む必要があるんじゃないかなと。

ーー長い時間を照射できる表現ということでは、小説は最適ですよね。

星野:そうですね。現実を良くするためには、対症療法と根本治療の両方が必要ですが、小説は対症療法には向かない。速度では他の表現に負けてしまうし、すぐに何かを解決することはできないけど、長い時間をかけて現実を変えていく表現メディアだと思っています。

ーーそこには何らかの希望を示したいという気持ちも含まれていますか?

星野:僕は“希望依存症”という言葉をずっと考えていて。希望にすがり続けていると、それが潰えたとき、虚無に陥りやすくなる。同じ希望を共有する人以外を許せなくなり、排除攻撃し始める。ヘイトをする人と同じですね。それは現実を見ないようにする態度です。物事は希望的な観点からだけではなく、悪い側面からも見なくてはいけないんですよね。希望依存症的に希望を書くのでもなく、かといって、今は現実をそのまま書けばディストピアになるだけですから(笑)、ディストピア小説も力を失っている。桐野夏生さんの新作『日没』は“絶望小説”と言われていて、あの作品を読んだときに「しばらく絶望小説のブームが来るかも」と思いましたけど、さらにその先にあるものを表現してみたいと、今は思っています。

ーーなるほど。星野さんは普段、ダークサイドに落ちないように気を付けていることはありますか?

星野:何かを批判する際、攻撃的にならないように注意しています。批判したいことは大量にありますが、たとえば「あいつはヒトラーだ」という言い方をしてしまえば、そこには「貶めたい、攻撃したい」という気持ちが含まれているわけです。そういう言葉を他者にぶつけてスカッとしてしまえば、ヘイトをする人達と同じになってしまう。その行為に依存することがもっとも危険です。なのでSNSで発信したりブログを書くときも、自分が怒っていることに気付けば、1時間くらい待つようにしています。怒りをそのまま言葉にする回路が出来てしまうのが、いちばん怖いので。

ーーそれはそれでストレスがたまりそうですね……。

星野:そうですね(笑)。ただ、小説的言語であれば、怒りの言葉、攻撃的な言葉も書けるんです。そういう言葉を言ってしまう人物を設定して、その人に言わせるっていう。それは僕自身が汚い言葉を吐きたいのではなく、その行為自体を相対化することなんです。そうすることで、表現する際に生まれる暴力性から逃れられる。

ーーそれは我々、一般の人間の生活にも応用できますか?

星野:出来ると思います。たとえば日記を書くこともそう。憎しみや怒りの感情を他の言葉に置き換えるというわけです。大事なのは人の受け売りではなく、ありきたりでもいいから、「この言葉は自分から出ている」という感触を持てることでしょうね。

■書籍情報
『だまされ屋さん』
星野智幸 著
初版刊行日:2020年10月21日
判型四六判
ページ数:400ページ
定価本体:1800円(税別)
https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/10/005348.html

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