ふなっしーでお馴染みの船橋市、小説の舞台としての魅力とは? 下町とも郊外とも違う"普通さ"が生み出すリアル

船橋市はなぜ小説の舞台として描かれ続けるのか?

 そんな『君と奏でるポコアポコ 船橋市書房音楽隊始まりの日』を読んで、船橋市の消防隊員になにかしらの思い入れを抱いた人にとって、第9回アガサ・クリスティー賞に輝き、2019年11月に刊行された、穂波了『月の落とし子』(早川書房)は、心配な気持ちが浮かぶ作品かもしれない。船橋市の真ん中に宇宙船が落下して、未知のウイルスが人類を脅かすという内容だからだ。

『月の落とし子』

 月面探査を再開したNASAの月着陸船で降下した2人の宇宙飛行士が、活動中に苦しみだして血を吐きそのまま死んでしまった。司令船で見守っていた日本人宇宙飛行士の工藤晃を含む3人は、未知のウイルスが原因かもしれないから、2人を置き去りにして帰還しろという地球からの指令に逆らい、死んだ2人を回収して地球に連れ帰ろうとする。

 ところが、工藤を残して生きていた2人も死んでしまった上に、地球に戻らず宇宙に消えようとした宇宙船がアクシデントで地球に落下し、船橋市内にある32階建てのマンションに激突する。当然出動する船橋の消防隊。工藤宇宙飛行士の妹でJAXAの管制官をしていた茉由が駆けつけた時も、消火活動にいそしんでいたはずだ。そこにマンションの倒壊が起こって大勢の人が亡くなってしまう。もしかしたら音楽隊のメンバーも……。などと作品をまたいで心配したくなるほどに、両作品とも船橋がリアルに描かれている。

 『月の落とし子』では、恐れていたウイルス感染が始まって、住民だけでなく対策チームの中にも死者が出始める。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まる直前の刊行だけに、都市を封鎖し出入りを制限する対応は事態を先取りしていたかのよう。恐ろしいことに『月の落とし子』では、封鎖地域を人体にも有害な薬物で浄化するという決定まで下されてしまう。止めるにはウイルスを押さえ込むための有効な方法を見つけるしかないが、コロナ禍でも分かるように簡単には見つからない。難題に挑み、解決法を探る展開は今の事態乗り切る道にもつながりそう。刊行から1年を経て改めて、手にとってもらいたい1冊だ。

 船橋くらい封鎖して殲滅すれば良いんじゃないと言おうもなら、今も市内ではスーパーで振り込め詐欺防止を訴えるアナウンスが流れるふなっしーが現れ、梨汁をプッシャーと浴びせかけるからお覚悟を。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

■書籍情報
『君と奏でるポコアポコ 船橋市消防音楽隊と始まりの日』(新潮文庫nex)
著者:水生欅
出版社:新潮社
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『月の落とし子』
著者:穂波了
出版社:早川書房
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