凪良ゆう × 橋本絵莉子 特別対談:小説家と音楽家、それぞれの「シャングリラ」

凪良ゆう × 橋本絵莉子 特別対談

橋本「もし同じ状況になったら、私も最後まで歌い続ける」

橋本絵莉子

凪良:歌詞をわかりにくくするというのは、創作者としてすごく勇気のある決断だと思います。私の場合、ひとりでも多くの人に自分が伝えたいことを正しく伝えたいから、わかりやすさにはかなり力点をおいています。だから、基本的に難しい言葉は使わないし、言い回しもなるべく平易にしている。読者がつまずかないように、足元の小石を取り除く作業をかなり丹念にやるんです。でも、そういう風に書いた文章を「わかりやすい」と評していただく一方で、「初心者向け」という声もいただいていて。もう少し難しく書くことも必要なのかなと、葛藤することも多いです。

橋本:私も「これじゃ伝わらないかな」と葛藤することは多いのですが、結局のところ、歌うのは自分なので、自分の感情や理念を優先してしまっているだけなのかもしれません。凪良さんの文章はすごく読みやすいから、自分でも気づかないうちにスーッと作品の世界の中に引き込まれていて、そこが魅力になっていると思います。今回の『滅びの前のシャングリラ』は、もし自分が同じように人類滅亡に立ちあうとしたら、どうなるんだろうと考えてしまって、とても怖かったです。

凪良:そういう読み方をすると怖いですよね。あと1カ月で人類の歴史が終わるとして、橋本さんだったらどうしますか?

橋本:めっちゃ考えたんですけれど、まず私の実家が徳島で、旦那さんの実家が北海道なので、どちらに行くのかを決めるのが困難だなと。東京はその1カ月で無法地帯になりそうだから、どちらかに帰るとは思うのですが……。

凪良:結婚されている方だと、そういう視点もあるんですね。私は自分が結婚していないので、今その視点が抜けていたことに気づきました。本当に、そのときにならないと自分がどう行動するのか、予想もできないですね。

橋本:でも、主人公のひとりであるミュージシャンのLocoの行動は、すごく理解できるところがありました。彼女は上京して芸能の世界に染まって自分を見失っていくけれど、私はずっと頑張ってほしい、「あたし」のままでいてほしいと、応援しながら読んでいました。地球が滅亡することになって、彼女はようやく自分に戻ることができた。ライブの前に彼女が「最後までやるで。それだけだ。それしか言えることがない」と心に誓うシーンは、同じミュージシャンとしても救われるものがありました。

 私に限らず、もしミュージシャンが同じ状況になったらーーステージがあって、メンバーがいて、お客さんにやるって約束をして、そこにちゃんと自分が一緒にいたい大事な人がいたらーーやっぱり最後まで歌い続けると思います。

凪良:それはミュージシャンの性(さが)みたいなものでしょうか。私、最後にLocoの章を持ってきたのは、やはり歌を歌う人には巫女のようなイメージがあるというか、ライブには日本に昔からある祈りの儀式に近いところがあると感じていたからなんです。神が降りてくるような、神秘的なイメージ。何千人という人を前にパワフルに歌って演奏するなんて、ちょっと普通の人間ができることではないと思ってしまうのですが、実際にステージに立つとき、橋本さんはなにを考えているのですか? 想像でしかありませんが、それだけ多くの人と向き合うのは、すごく特別な何かを感じるのではないかなと。私だったら、怖くて怖くてたまらない。

橋本:集まってくれるお客さんは一人ひとり完全に生身の人間だから、そのパワーは本当にすごいです。毎回、もう自分は一生分の人に会った……と感じています。それに、お客さんはすごく勘がいいから、どんなに取り繕ったとしても、たぶん誤魔化せない。自分で「あんまりうまくいかへんかったな」と思うと、その感覚はそのまま伝わるし、ぜんぜん喋ったことがない人でも、ステージを見ていたらぜんぶ丸わかりなんだろうなと。

 だから、自分を隠していてもしょうがない。私はめちゃくちゃ緊張するタイプだし、自分は自分のままで、なにかが降りてくるという感覚もありません。でも、ステージに上がって、マイクの前に立ったら、そのとき、その場で私がやるべきことをやるだけ。いつも、できるだけなにも考えないでやろうと心がけていて、ちゃんとそういう状態になれたときは、もしかしたらなにかが降りているように見えるのかもしれません。

橋本「ずっと言葉に重きを置いています」

凪良:橋本さんは将来、歌詞以外で執筆活動をする予定はないのですか?

橋本:ものすごく憧れているのですが、削ぎ落として書くのが染み付いてしまっていて、こんなに膨らませられないと思ってしまいます。長い文章を物語としてちゃんとまとめたりすることも、たぶんできません。歌詞は改行にすら意味があるし、楽曲で補える部分もある。私の表現は、文字以外の要素に助けられているところが多いんです。

凪良:たしかに、小説は改行だけで意味をつけたりするのは難しいですね。それに、私もいきなり歌詞を書いてくれといわれてもできません(笑)。言葉を削いで尖らせて、一つひとつの言葉に力を込めていくというのは、小説とはまた違ったスキルだなと思います。

橋本:私の場合は、とりあえず完成系もなにも考えていない状態でバーっと歌詞を書いて、その中で歌いたいなと思ったものを選んで、タイトルや曲を付けていくんですけれど、言葉が足りなかったりするから、ランダムに言葉を当てはめてみたりするんです。そうすると、タイトルとそのランダムな言葉を照らし合わせたときに、偶然に新しい意味が浮かび上がってきたりします。私はずっとバンドでやってきたから、自分の頭じゃないところから出てきたものとの組み合わせに面白さを見出している気がします。

凪良:小説を書くのとはやはり発想が違いますね。でも、朗読をしてみたり、途中でタイトルを変えてみたりしたら、橋本さんのように偶然性を取り入れて、ガラッと違う角度から物語を捉え直したりできるのかも。ちなみに橋本さんは、音と言葉では、どちらに重きを置いているんですか。

橋本:ずっと言葉に重きを置いています。私の場合は「歌いたい」が動機だからだと思いますが、言葉が先にないと音楽が作れないんです。だから、小説からインスピレーションを得ることも多くて、そのときに読んでいた本の一節から作り始めることもあります。やっぱり、本を読んでいるときが一番、脳が動くんですよね。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「著者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる