天使なんかじゃない、ママレード・ボーイ、こどものおもちゃ……90年代「りぼん」が教えてくれた生き方

90年代「りぼん」が教えてくれたこと

「多様性を尊重する」社会を受け入れる準備も

 いわゆる「女の子らしいヒロイン」という枠にはまらない主人公のみならず、物語の主要キャラクターたちの持つ背景も実に複雑だった。例えば『天使なんかじゃない』の須藤晃は多感な時期に両親が離婚しており、社長息子でありながら生活費をアルバイトで稼ぐ苦労人。普段は不良のような素振りを見せるけれど、子猫を前に優しい笑顔を浮かべる……いわゆる知れば知るほどギャップ萌えが待っている。

 一方で、主人公が惚れた男の子だからといって、強く、守ってくれる理想的な存在ではない。もしかしたら他の人に気持ちがあるのではないかとヒロインを不安にさせる行動を取ることもある。男の子だって弱い部分はある。それは完全無欠なヒーローを想像していた少女にとっては、多少ショックな展開だった。しかしだからこそ、その弱さも受け入れることが愛だと知ることもできた。

 その弱さを受け入れるという点は、非常に難しいところで、もしかしたら、それを知った読者のうち一定数から、相手の弱さを受け入れるあまり“だめんず“と呼ばれる男に惹かれてしまう層も生まれたかもしれない……。

 また、一見とっつきにくいクールな美人の麻宮裕子こと“マミリン“は、正反対な性格の翠と確かな友情を育む。天真爛漫な翠に、マミリンは「うれしい時はちゃんと喜んで、悲しい時はちゃんと泣けるような、そんな当たり前のことが、みんな意外と出来なかったりするのよ。あんたがみんなに好かれる理由がわかるわ」と語りかけるシーンがある。

 自分にとって当たり前のことが、他の人にとっては当たり前ではないこともある。それは、似たような価値観の人とばかり関わっていたら、なかなか知ることができない視点だ。「あたしもあたしなりにがんばるわよ」というマミリンの言葉に、どちらの価値観が正しいとするのではなく、それぞれの視点を尊重していく姿勢が垣間見える。

 さらに『あなたとスキャンダル』では、ヒロインが一目惚れする相手は女子だ。生きていれば、そうしたこともあるかもしれない。『ママレード・ボーイ』のように自分ではどうしようもない大きな流れで、人生が揺らぐことがあるかもしれない。『こどものおもちゃ』のように家族仲がこじれている家庭で育った人と出会い、共に愛を探すことになるかもしれない。

 世の中には、自分が想像もしなかった複雑な背景を持つ人がいるということ。そうした人たちとどう生きていけばいいのか。自分の人生を自らの手で切り拓くヒロインたちを通じて、数々の“If”を経験できること。それが漫画(フィクション)の力だ。振り返れば、「多様性」という言葉がこれほど世の中を席巻する以前から、それを受け入れる準備ができていたような気がする。

 まずは自分を肯定する力を身につけること。そして相手の価値観を尊重し、人生の荒波に負けないこと。そして、愛する人に理想を押し付けずに、共に成長していくパートナーを目指すこと。だが、そう人生はうまくいかないから、心の俳句を詠む余裕も持ち続けること。90年代の『りぼん』作品を何度読み返しても決して色褪せないのは、そんな今の時代にも通じるライフハックが詰まっているからかもしれない。

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