茂木健一郎が語る、クオリアと人工意識への見解 「人間の心なんて簡単にロボットに移せると言っている人はまがいもの」

茂木健一郎が語る、人工意識の最前線

ベルクソンの「純粋記憶」についての謎が解けた

――茂木さんがクオリアについて研究し始めてから約四半世紀経ちますが、この間で最大の発見はなんですか?

茂木:個人的には『脳とクオリア』という本で書いた「相互作用同時性の原理」と「マッハの原理」ですね。手短に説明するのは難しいのでぜひ気になる方は本を読んでみてください。

 ただ世間的に見ると、意識の成り立ちや、時間と意識についての考えがより細かくわかってきて、地図ができてきたことじゃないですかね。ベンジャミン・リベットの実験で有名な「人間が何かをやろうとしたときには、意識するより前から脳が動いている」とかね。そういうのがわかってきたのは進歩なんじゃないかな。

――今回の本を書くなかで気付いたことや思いついた仮説はありますか?

茂木:今回の本では長年謎めいた主張だと思ってきたベルクソンの「純粋記憶」についての整理ができました。小林秀雄はベルクソンの『物質と記憶』について「感想」という論考で5年も取り組んで挫折しています。ただそのなかで小林秀雄は、ベルクソンは「記憶は脳に残るのではない。記憶自体は脳がなくても残っていて、脳はそれを引き出すきっかけにすぎない」と考えたのだ――と非常に奇妙なことを言っている。このベルクソン理解に対する道筋が付けられた。ただ今回の本の中では全部は説明していません。なぜなら細かいことまで書いてしまうと学術論文にする前にパクられちゃうから(笑)。でも僕の中ではわかったんですよ。そのことは僕の人生の中では大事なことなんです。

――茂木さんは小林秀雄の愛読者であり、講演の愛聴者としても知られています。

茂木:小林秀雄が『物質と記憶』に注目していたことがおもしろいし、ベルクソンは意識の研究者で唯一ノーベル賞をもらっている人だからね。文学賞だけど(笑)。

――『クオリアと人工意識』では現象学やベルクソンが参照されていますが、最近の哲学で気になる動向はありますか?

茂木:やっぱりマルクス・ガブリエルですよね。ベルクソンの「純粋記憶」もそうだけれども、おもしろい哲学の概念は往々にして直感的に「ここに重大な何かがある」と思える、でもそれが何かはすぐにはわからない。マルクス・ガブリエルの「ありとあらゆるものは存在するが、世界だけは存在しない」という主張はシビれた。あれはかなり重大なことを言っている。でも彼の本を読んでも、本人も何かつかんでいるのにまだその含意を十分に言葉にできてない気がします。

 少し話を戻すと、今回の本を書いての最大の発見は「本を書くのは楽しい」ということですね。僕はずっと語り下ろしか、連載をまとめたものを本にしてきたから、小説を除けば、純然たる意識の科学についての本一冊すべてを書き下ろすのって16年ぶりなんですよ。コロナの影響で、3月下旬に山形に行ったのを最後にずっと東京にいて、時間ができたから書けた。

 どう受けとめられるかなと思っていたんですが、今回の本は意外と若い読者、たとえば高校生からも熱い反応があって「あ、意識の問題にみんな興味があるんだ」と思えたことが嬉しかった。反応を見ているとメッセージがちゃんと伝わっている。世間って捨てたもんじゃないなと思いましたね。

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