『半沢直樹』は現代の歌舞伎か? 池井戸潤の優れたエンターテインメント性

『半沢直樹』で味わう池井戸潤のエンタメ性

 話を「半沢直樹」シリーズに戻そう。2008年の『オレたち花のバブル組』(現『半沢直樹2 オレたち花のバブル組』)では、東京本店営業第二部次長に昇進した半沢が、新たな騒動に巻き込まれる。今回は立場が上の行員に加え、金融庁の役人をやり込めるのが痛快であった。

 そして2012年の『ロスジェネの復讐』(現『半沢直樹3 ロスジェネの復讐』)で半沢は、東京中央銀行の子会社の東京セントラル証券に出向。買収話の騒動にかかわり、事態を解決する。注目すべきは半沢の立場だ。子会社に出向したことで、どうしても親会社に当たる東京中央銀行との上下関係に悩まされる。それでも買収話に不審を覚えた半沢は、ロスジェネ世代の部下たちと共に、独自の行動に出る。ここで小さな会社と大企業という、お得意の図式を成立させているのだ。

 そしてシリーズ第4弾『銀翼のイカロス』(現『半沢直樹4 銀翼のイカロス』)になると、半沢が東京本店の営業第二部に復帰。赤字続きの帝国航空の再建案を任されたことから、新政権絡みの騒動に巻き込まれる。国交省の新大臣や、政界の大物を敵役に設定し、さらなるジャイアントキリングの図式を無理なく成立させた。

 現実の社会でジャイアントキリングが起きることは、ほとんどない。だからフィクションに熱中する。そのことを深く理解した作者は、もしかしたら在り得るかもしれないジャイアントキリングの図式を作り、痛快なエンターテインメントに仕立てているのである。ここに池井戸作品の人気の要諦があるのだ。

 なお「半沢直樹」シリーズは、2020年9月17日に第5弾となる『半沢直樹 アルルカンと道化師』が発売される予定である。今度はどんなジャイアントキリングを見せてくれるのか。楽しみでならない。

池井戸潤 半沢直樹 アルルカンと道化師
池井戸潤『半沢直樹 アルルカンと道化師』

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

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