カツセマサヒコ『明け方の若者たち』は“立ち上がり続ける敗者”の物語

書店員による「注目の新人作家」第7回

 彼女のいない日々を送る主人公は、「良い思い出」とは、自分だけの「都合の良い物語」であることに気づかされる。破綻した生活と、適性に合わないのに惰性で勤務し続ける仕事の疲れ。自らへの惨めな慰めと、問いかけ。 治りかけた傷の瘡蓋を自傷行為のようにはがし、より膿んでいく様には残酷さがある。

 ただその中でも、会社の同僚・尚人の存在が救いになっている。2人がバッティングセンターに行く箇所は、良い場面である。その場面を読んでいると、思わず「いつまでバットをフルスイングできるだろうか」「一体いつまで派手に空振りをして格好悪く尻餅をつくことができるだろうか」と、自分のことを考えさせられた。

僕らは勝手にする他人の人生に自分を重ねて、「もしも、ほかの生き方をしていたら」と希望を抱いては、勝手に失望していく生き物なのかもしれない。

 本書は、立ち上がり続ける敗者の物語なのかもしれないと思う。 20代を迎える、あるいは今まさに20代を経験している人にとっては、特に身につまされる作品ではないだろうか。後々になって思い返すような苦い恋愛、距離感を測り合う社会人になってからの友人、そして、くよくよと心が晴れない語り手。眩いはずのないそれらが織りなす光景が、なぜか、ただただ眩しい。

 素晴らしい小説は、触発された読者のそれぞれの想いによって、物語が新たに進んでいく。本書もきっとそうだろう。

■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。会ってみたい人は、毒蝮三太夫とクリント・イーストウッド。

■書籍情報
『明け方の若者たち』
著者:カツセマサヒコ
出版社:幻冬舎
価格:1,400円(税別)
https://www.gentosha.co.jp/book/b13126.html

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