江口寿史が語る、漫画家としてやり残したこと 「70年代後半のギャグ漫画の凄さを残したい」

江口寿史が語る、漫画とイラストと音楽

僕の好みはすごく大衆的

――江口さんの自身の絵に対する意識やスタンスの変化が実感できるのも、『RECORD』の見どころだと思います。画集のあとがきで吉田拓郎さんに触れ、「拓郎さんに教わった一番大きなものは個人主義だと思います」と書かれていますが、江口さんにとって“個人主義”とはどういうものですか?

江口:“すべての基準は自分”ということですね。自分がいいと思うことをやりたいし、いくら他人がいいと言っても、自分がダメだと思えばやらない。それで失敗しても、責任は僕にあるわけですから。小津安二郎の「どうでもよいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う」という言葉が好きなんですけど、その感じにも近いかもしれないです。絵に関することは、納得できない限り誰の言うことも聞かないっていう(笑)。自分のジャッジを信用するというのは、デビュー当時から今に至るまで変わらないです。

――江口さんは『週刊少年ジャンプ』をはじめ、メジャーの商業誌のど真ん中で活躍されていたので、ご自身のジャッジと編集者や読者が求めるものがぶつかることもあったのでは……?

江口:そうなんですけど、もともと僕の好みはすごく大衆的なんですよ。音楽の好みもそうですけど、ぜんぜんマニアック体質ではないし、自分がいいと思うのものはみんなもいいと思うんじゃないかなと。そう考えると、ジャンプで人気があった頃の自分が一番良かったと思いますね。『ストップ!! ひばりくん!』みたいな漫画を毎週描く力があれば最高だったんだけど、その力が僕にはなかった。漫画を描くためにはもう少し我慢が必要だったし、それが足りなかったんでしょうね。漫画はとにかく大変なんですよ。漫画家の人たちは、本当に偉いと思います。

――なるほど。今回の『RECORD』は、江口さんと音楽の関係も感じられますが、音楽が江口さんの作品に与えた影響もありますか?

江口:それはもう、すごく大きいでしょうね。まず、音楽がない作業環境というものが考えられないですから。好きな音楽は自分の感覚を開かせてくれるし、僕の場合、音楽がないと描くことにのめりこめないので。絵を描くのって、つらいんですよ(笑)。延々と一人でやってるし、そのつらさをやわらげて、ノリノリにさせてくれるのが音楽なんです。いろんなしがらみだとか、大人になればなるほど面倒くさいこともあるじゃないですか。音楽にはそういうイヤなこと、悲しいことを和らげてくれる力があるので。

――描いている絵のテーマに沿って曲を選ぶことも?

江口:いや、テーマは関係ないです。どんな絵であっても、そのときの自分をアゲてくれる音楽であれば。作業の種類によって、聴きたい音楽が変わることはありますけどね。下書きのときはインストゥルメンタル、たとえばクラフトワークみたいな音楽がいいとか。ペン入れのときは何でもいいかな(笑)。アイデア出しやネームを考えてるときは、音楽があるとダメなんですよ。かといって無音でもダメだから、テレビとかラジオをつけたり、あとは喫茶店でやってますね。

――いちばん好きなアーティストは細野晴臣さんだとか。

江口:細野さんはずっと聴いてますねえ。10代の頃にはっぴいえんどを聴いたときは、よくわからなかったんですよ。あれは洋楽の教養がないとわからない音楽なので。後になって聴いて、好きになりましたけどね。細野さんは本当にいろんな音楽をやってるから、そこを入り口にして、いろんな音楽を知れるのもいいんですよ。クラフトワーク、ライ・クーダーもそうですね。

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