『鬼滅の刃』をさらに深掘りするためにーー物語や伝説における「鬼」とは何かを考える

『鬼滅』の「鬼」を考える2冊

 同書のどこが「驚くべき」なのかといえば、「絵巻」と「漫画」というまったく違うビジュアル表現を、自然な形で巧みに「変換(=まんが訳)」しているところだ。解説ページで大塚英志が書いているように、私も、漫画の起源を中世の絵巻物に求める“俗説”には違和感をおぼえる。なぜならば、両者はたしかに同じ「絵と文字による物語表現」ではあるのだが、それ以外の表現方法(たとえばフォーマットの形や読み手の視線の誘導など)はまったく別のものだといっていいからだ。

 実際の漫画制作にあたったのは、神戸芸術工科大学の山本忠宏ゼミの学生と助手たちのようだが、この「絵巻」→「漫画」という変換作業は、コマ割りだけでなく、セリフのフキダシやナレーションをどう処理するかの問題も含め、いわゆるアニメコミック(フィルムコミック)のそれの何倍も苦労したことだろう[注2]

[注2]もちろんアニメコミックの制作にも多大な労力が必要だとは思うが、現代の日本のストーリー漫画の多くは映画のモンタージュ理論を応用しており、そういう意味では、アニメーションや映画のフィルムを漫画に変換する作業は(絵巻物のそれと比べ)比較的スムーズにいくものと思われる。

 いずれにせよ、今回、同書の表題作(『酒呑童子絵巻』[注3])を「漫画作品」としてあらためて読んでみて気づかされたのは、(当たり前だが)もともとの話の展開がとてもよくできている、ということだった。

[注3]元の絵巻の正しい表記は『酒天童子絵巻』なのだが、出版社の要請で書名のみ、一般に知られる「酒呑童子」にしたのだという(ゆえに、本文中での表記は「酒天童子」で統一されている)。

 まずは陰陽師・安倍晴明の占いのエピソードに始まり、次に、伊吹山に棲む鬼を討てとの命令を受けた源頼光は、頼れる仲間たち(四天王と藤原保昌)を集める。そして彼らは旅の途中で不思議な力を持ったメンター(導き手)と出会い、最終的に困難を乗り越えて目的を達成するのだが、こうしたストーリー展開は現代のシナリオ術などにも通じる“エンターテインメント作品の定型”のひとつだといっていいだろう。

 なお、同書には表題作のほかにも、『道成寺縁起』と『土蜘蛛草子』の「まんが訳」が収録されている(いずれも国際日本文化研究センター所蔵の絵巻を素材にしている。また、『酒天童子絵巻』は絵だけで「詞書(ことばがき)」がないため、ストーリー部分を作成するにあたり、同センター所蔵の『伊吹山酒呑童子絵巻』を参考にしたようだ)。

 以上、文字数の関係でやや駆け足になってしまったが、この2冊を読んだうえで『鬼滅の刃』を再読し、物語や伝説における「鬼」という存在が何を象徴しているのか、あなたなりに考えていただけたら筆者としては本望である。

【筆者付記】「鬼とは何か」ということにさらなる関心のある方は、機会があれば、倉本四郎の『鬼の宇宙誌』(平凡社ライブラリー)と、小松和彦・内藤正敏の『鬼がつくった国・日本〜歴史を動かしてきた「闇」の力とは〜』(光文社知恵の森文庫)も読まれたい(いずれも紙の本は現在入手困難だが、後者は電子版が発売中)。また、後者の著者のひとりである小松和彦の著書には「呪い」をテーマにしたものも多く、「『鬼滅』の次にくる」といわれている『呪術廻戦』(芥見下々)を読み解く手助けにもなるだろう。

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69

■書籍情報
『鬼を切る 日本の名刀』(エイムック)
監修:小和田泰経
出版社:エイ出版社
価格:1,430円(税込)
https://www.ei-publishing.co.jp/magazines/detail/mook-491653/

『まんが訳 酒呑童子絵巻』(ちくま新書)
監修:大塚英志
編集:山本忠宏
出版社:筑摩書房
定価:本体980円+税
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073150/

『鬼滅の刃』既刊21巻
著者:吾峠呼世晴
出版社:集英社
価格:各440円(税別)
公式ポータルサイト:https://kimetsu.com/

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