45歳・無職で離婚を突きつけられた女はどう生きる? 安野モヨコ『後ハッピーマニア』が描く、90年代の青春の20年後

『後ハッピーマニア』が描く青春の20年後

 『後ハッピーマニア』は「続」というよりそのまま「後」である。安野モヨコは「そういうことをしていると、こんなふうになってしまうのだ」といった視点で『ハッピーマニア』を創作したと明かしているが、約20年後を舞台とする『後』では「こんなふうになってしまう」が更に重くのしかかる。真面目に仕事をしていなかったシゲタはもちろん、美容企業を築き大成した親友フクちゃんにしても、家事分担ルールを敷くなど夫ヒデキへの「しつけ」に成功していたというが、結局、そのヒデキが男の身の回りの世話をすべて担う「古い考え」の不倫相手に入れ込んだことで愛する人を失ってしまう(彼女が不倫を察したきっかけが「脱いだ靴を揃えなかった」という微細で日常的なポイントなあたり、鋭い表現は健在)。2020年リリースの『安野モヨコ ANNORMA』では、作者より「今の若者の恋愛観にあまりマッチしない思いのため自分の同世代に向けて描く」旨のスタンスが明かされているが、確かに、50代となったフクちゃんの「しつけ」といった言葉づかいは対等なパートナーシップ意識が広まった今より前時代的、つまるところ1990年代的かもしれない。ただ、なにもネガティブな話ではない。『後ハッピーマニア』がずっしりと描くものは「90年代の青春の20年後」だ。それこそ、平成を象徴したサーガだからこそ紡げる魅力と新しさなのではないか。

 もちろん、本作そのものが懐古的な価値観で稼働していることにはならない。タカハシが新たに恋した女性は、かつて評判のいい男性からストーカー被害に遭った上、周囲からそれを信じてもらえず、むしろ「男を誤解させる態度」を批判された経験からトラウマを抱えて生きている。性別規範が深く関わる心理描写は1996年の初期作『脂肪と言う名の服を着て』の頃より見られたものの、『後ハッピーマニア』のコメディックな世界観でしっかり描かれると、やはり今日的に感じられる。女性向けの性サービスや『クィア・アイ』等のNetflixネタなど、まだまだ語るネタは尽きない。結局のところ、いつの時代も安野モヨコの漫画は面白いのだ。

■辰巳JUNK
平成生まれ。おもにアメリカ周辺の音楽、映画、ドラマ、セレブレティを扱うポップカルチャー・ウォッチャー。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)
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