『紅霞後宮物語』姐御肌のヒロイン・関小玉の魅力とは? ラノベ週間ランキング

『紅霞後宮物語』ヒロインの魅力とは

 名を関小玉というヒロインは、貧しい家に生まれ、足の悪い兄の代わりに10代半ばで徴兵されて軍隊に入った。こつこつと職務をこなし鍛錬に励んだ結果、認められて将軍の位にまで出世した。つまりは叩き上げの女将軍が帝国の存亡がかかる戦いで、大軍勢を率いて活躍する話なのかというと、それでは後宮ものにならない。軍隊で小玉の副官だった文林という男がいて、実は皇帝の血を引いていた彼が皇帝に即位して、小玉を後宮へと引き入れた。

 女性で身分も低いため出世が止まっていた小玉も、後宮なら軍隊を動かせる立場になれるといった配慮もあったようだが、34歳になった小玉を今度は皇后、つまりは正室にしてしまったから、以前から後宮にいて皇后の座を競いあっていた妃嬪たちは驚いた。当然始まる激しいバッシング。部屋の前に豚の生首が置かれたこともあったが、田舎の出で軍人でもあった小玉は怖がらず、豚の首の毛を剃り鍋に放り込んで夕飯のおかずにしてしまう。

 そんな豪傑ぶりと軍人らしいまっすぐな性格から、逆に小玉に好意を向ける女性たちも出てくる。このあたり、庶民からゲーム世界の公爵令嬢に転生して、畑仕事や拾い食いといった意外性のある振る舞いで男子も女子も虜にしていく『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』のカタリナに似たポジションだと言える。たとえ30代の皇后であっても、重ねてきた豊富な経験と生来の人間性の良さに、世の中をあまり知らない後宮の妃嬪たちは惹かれ、読者も姐御と慕ってしまうのだ。

 もっとも、物語は豪傑皇后の後宮改革ストーリーといったままでは進まない。皇帝の座を狙う謀略がめぐらされて、小玉の夫となった文林は幾度となく危地に陥る。小玉の周囲にも危険が及び、小玉の片腕で大親友でもあり小玉以上に豪傑だった明慧という女性に悲劇が訪れる。泣けるシーン。小玉は後宮に入り皇后になって本当に幸せだったのか。巻が進むに連れて、巨大な帝国を一身に背負う皇帝と、その正室という重要すぎる立場について考えさせられるようになる。

 最新刊の1冊前、『紅霞後宮物語 第十幕』からは、盤石に見えた小玉の立場が大きく揺らぎ始める。仙娥という女性が新しい妃嬪として入ってきたが、その顔がとにかく悪女顔なのはともかく性格は真面目で、後宮での役目をてきぱきとこなす如才のなさもあって認められていく。小玉との関係も最初は悪くなかった。ところが、ある時点を境に深い溝のようなものができてしまう。

 世継ぎの問題という、皇后に求められるとてつもなく重要な役割について、小玉が熱心に取り組んでいるようには見えないことだった。現代の男女なら大きなお世話と言われそうなことでも、物語の舞台となっている帝国においては国家の存続のためには不可欠なこと。嫡男の東宮が1人いるだけではだめで、何かがあった場合に備えておく必要があるにも関わらず、小玉は40歳近くなっても子をなしておらず、かといって妃嬪たちに通うよう皇帝を促してもしていない。

 これでいいのかと小玉を問い詰め、離れていった仙娥を中心に以前からくすぶっていた反小玉の動きが起こり始める。仙娥が文林の子を身ごもる一方で、小玉の周辺で体調を崩す者たちが増えていく。小玉自身も腹痛に苦しみ、療養のためにいったん後宮を離れ、そして迎えた『第十一幕』でとてつもない事態が訪れる。悪女顔の仙娥が本領発揮? そこも含めて気になる展開。寛と康という2つの隣国でも皇位をめぐる事件が起こって、宸1国に留まらない大乱の予感も漂い始める。

 開幕からしばらくは、がさつなアラサー女性が後宮で奮闘するギャップを楽しみつつ、そんな小玉だからこそ得られる文林からの愛情、周囲からの思慕を味わって年を重ねるのも悪くないと感じる。途中から謀略うずまく後宮を渡っていく術を覚える小玉や、反逆の可能性を常に考えに入れて動く文林の生き様に触れて、権力者になるのも大変だと考える。そして最新巻で訪れた最大とも言える危機をどうしのぎ、これからどうなっていくのかを楽しみにして今後を待つ。そんな読み方をしながら追いつき、追いかけていきたいシリーズだ。

■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。

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