カツセマサヒコが語る、初の長編小説への想い 「この小説では誰も成長していない。でも、それでもいいんじゃないかと思えた」

カツセマサヒコが語る、初の長編小説への想い

“報われない恋”に苦しんでいる人のほうが多い

――“勝ち組”というのは本作における一つのキーワードですよね。冒頭で、“勝ち組飲み”なるいけすかないイベントに主人公が参加するところから物語は始まります。ようするに、就職の内定をもらった大学生たちによる飲み会ですが。

カツセ:みんながいちばん夢を見ている瞬間ですよね。この小説の舞台は2012年から始まりますが、ちょうどLINEやTwitterが急速に普及していったころなんですよ。イチローや本田圭佑みたいに幼いころから夢を追いかけ続けて実現させたような特別な人じゃなくても、輝かしい人生を送ることができるんだという幻想を、SNSで垣間見える他人のキラキラした日常を通じて、僕たちは抱いてしまったんだと思うんです。それって、すごく苦しいですよね。僕自身、ちょうどそのころにイケダハヤトさんが独立起業で一世を風靡していく姿をみて、同い年なのに俺はなにをやっているんだ? と落ち込んだりもした。そういうとき、何か一つでも自分に「会社員」以外の肩書があるとほっとするんですよ。

――何者かになれたような気がして。

カツセ:何者かになりたいし、居場所がほしい。僕も、必死で肩書を探していました。結果、こうして本まで出させてもらえるんだから、他人から見たら「勝ち組になれたじゃん!」って感じかもしれないけれど、先ほど言ったように「こんなはずじゃなかった」と思うことは未だにたくさんあって。むしろ、手に入れたように見えるからこそ、空虚さは増している気もする。けっきょく何も変わらないんだな、っていう絶望がふとした瞬間に訪れるというか……。少なくとも僕の欲しかったものは、インターネットで有名になったり、Twitterのフォロワー数を増やしたりするところにはなかったんだな、というのがわかっただけでもよかったですけど。自分の本当の望みがどこにあるのか、ちゃんと子供のころから思い描いてこなかったツケがまわってきているんだとは思います。でも、そういう人はけっこう多いんじゃないかな、と思って、寄り添うためのつぶやきを僕はしてきたつもりだし、小説もそういうものでありたかったんですよ。コンプレックスがないことがコンプレックス、みたいな平凡な僕だからこそ書けるものがあるんじゃないかな、って。

――勝ち組飲みで主人公が出会う“彼女”もそうですよね。主人公から見ると、好きなものがはっきりしていて、誰にも影響されない個性があるように見える。だけど実は、深い欠落を抱えていて、だからこそ主人公とつきあうことになったんだということが途中でわかってくる。

カツセ:「どんでん返し」って帯に書かれるのは嫌いなんですけど(笑)、でもエンタメであるからには何か驚きがほしいなあと思って。


――それが何かはもちろん書けないんですが(笑)、途中まで順風満帆のように見えていた二人の関係が孕んでいる軋みが、なかなか切なかったです。

カツセ:“報われない恋”のことも、書きたかったんですよね。いまこの瞬間、手放しで幸せだ!って言える人の数よりも、過去に大きな失恋を経験していたり、誰にも言えない関係に悩んでいたりする人のほうが多いはずだ、と思うから。そういう人たちが、つかのまでも癒されてくれたらいいな、とは思います。

幻の原稿が物語に与えた厚み


――初小説、書き終えてみていかがですか。

カツセ:Twitterがヘタになってるんですよねえ……(笑)。ツイートは140文字しか打てないから、読点すら邪魔なくらい一気に走らせるリズム感や強くてわかりやすい言葉を使って書いたほうが読まれるんです。でも、小説は文節の一つひとつを大事にして、句読点でリズムをつくりながら書いていかなきゃいけない。小説の初稿はひどいもんで、ツイートに慣れすぎた文章をひたすら整えてく作業でした。今はTwitter独自のリズムに戻るのが難しくて、気持ち悪い感じです。

――起承転結のつくりかたも、きっと違いますもんね。

カツセ:そうですね。プロットは三回くらいつくっては壊しをくりかえしました。書いたけどボツにした原稿もありましたし……。実は、9章は“彼女”視点の物語を書いていたんですよ。本当はあのときどう思っていたのか、なぜ主人公に惹かれていったのか、関係性の裏側を読者にだけ明かす形で描こうと。でも、やめました。ないほうがいいんじゃないか、って担当編集者さんと話して。ただ、彼女がどういう人間で、何を抱えながら生きているのかを、主人公とは関係しない要素まで一度書ききったことで、物語に厚みをもたせられた気がします。一章で、主人公が彼女の財布をみて〈無造作に入れられたクシャクシャのレシートたちが、ガサッと溢れそうになって、下着を見たような罪悪感に駆られた。〉ってところが個人的にすごく気に入っているんですが、何事も整然としているように見える彼女がどうしてレシートだけ、ってところとか、何気なく伏線になっている部分を描けたのは幻の9章があったおかげかな、と。

――読んでみたかった、とすごく思いますが、主人公の視点だけだからこそ匂いたつ余韻があったと思います。彼女視点で話を聞いていたら、言い訳のように感じてしまって、彼女を嫌いになっていたかも(笑)。

カツセ:あ、そうですか?

――彼女は……評価が分かれるタイプですよね。私は最初、苦手だなと思いました。正直にいうと、ちょっといやな女だなと(笑)。でも、ラストのあたりはけっこう好きでした。彼女は彼女でおそらく抱えているものがあって、やっぱり「こんなはずじゃなかった」と思っている。言動は理解できなくても、その気持ちだけはなんだか共感できるような気がする……と。

カツセ:そうなんですよね。女性の読者が彼女をどうとらえるかは、怒られそうで怖くもあるんですけれど(笑)。それも含めて楽しみです。

――作中には、音楽の描写も多いですよね。下北沢のヴィレヴァンで流れるボサノヴァ調スピッツの『ロビンソン』とか、主人公が小田急線に揺られながら聴くBUMP OF CHICKENの『ロストマン』とか。

カツセ:かなり意図的に曲は選んでいます。先ほど、2012年が舞台と言いましたけど、2010年代のオリコンチャートって基本的に嵐とAKBグループで構成されていて。音楽好きな人はフェスに行って自分にハマるものを探す、という感じなので、世代に象徴される音楽というのが実はないんですよ。だから、主人公たちが青春時代に聴いてた曲を流すようにしていました。人って、どんな映画や小説、音楽に触れて育ってきたかで人格が形成されるところがあるから、それを彼らにもちゃんと背負わせてあげたいな、と。だからプロット段階で、書く登場人物がどんな音楽を聴いてきたかもつくりこみました。彼女はいちばんカルチャーに造詣が深く、たぶんブラックミュージックやクラブミュージックが好きで、今ならローファイ・ヒップホップを聴きこんでいるタイプ。だけど彼女は、主人公の趣味にあわせてくれているんですよね。主人公もそれがわかっているから、『ロストマン』が好き、みたいなことを言えずにいる。そんな僕なりのキャラ設定がありました。

――ご自身にも、経験のあることだったりしますか。

カツセ:経験というか、憧れというか。2011年の秋に映画『モテキ』が公開されて、僕の友人はみんな観終わったあと、サブカルに憧れたんですよ。みんな、森山未來さんになりたくてしかたがなかった(笑)。長澤まさみさんと下北沢のヴィレヴァンで待ち合わせするシーンなんか、真似する友達がすごく多くて。彼女とヴィレヴァンの「店内」で待ち合わせるシーンは、その憧れからさらに一歩踏み込んだ感じですね(笑)。

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