葛西純自伝連載『狂猿』第11回 ジャパニーズデスマッチの最先端、伊東竜二との対戦は……?

葛西純自伝連載『狂猿』第11回 

デスマッチファイター葛西純自伝『狂猿』

死を覚悟させた綺麗な夕日

 文体の試合の前日、カミさんとまだ2、3歳くらいだった長男と一緒に『スーパービバホーム』というホームセンターへ行って、板と発泡スチロール、それにカミソリの刃を買い、大日本の道場に運び込んで「カミソリボード」を作った。それを積んで車で帰っている時にカミさんが「あんなの試合に出して大丈夫?」と珍しく話しかけてきた。「まぁ死ぬことは無いだろうけど、大ケガでもしたらバッシングされるよ? とにかく、コレは今回だけにしてね」と言われた。それで家に帰ってきて、今度は息子をベビーカーに乗せて、家族3人で近所のスーパーまで夕飯の買い物に行った。その時に見た、街に沈む夕日がすごく綺麗で、ふと「もしかしたら、こうやって家族3人で夕日を見るのも今日が最後になるかもな」と思った。さっきのカミさんの一言が引っ掛かって、試合前にはじめて死を覚悟した。

 文体当日。俺とヌマのシングルは第5試合目に組まれ、試合形式は「MADNESS OF MASSACRE『狂気の殺戮』有刺鉄線ボード&カミソリ十字架ボード+αデスマッチ」と銘打たれた。覚悟していたとはいえ、カミソリボードの威力は凄まじく、お互いに血みどろの展開になった。最初は歓声を送っていたお客さんも、だんだん静かになっていき、最後はドン引きだった。でも、自分的にはドン引きさせるつもりでやった試合だし、それはそれで勝ったと思った。伊東と貴のメインイベントのほうがお客さんは沸いていたかもしれないけど、その試合形式は「蛍光灯300本マッチ」。あの頃、大日本でデスマッチをやっているレスラーだったら、誰でもある程度はできる。だけど、俺っちとヌマがやった試合は、2人にしかできない試合。だから客がドン引こうが何しようが、今日は俺らの勝ちだと思った。


 試合後に、俺っちは沼澤邪鬼と「045邪猿気違's」というタッグを結成することにした。ヌマは、当時の大日本のなかで伸び悩んでいるように見えたから、スタイル的にもデスマッチの考え方も近い俺っちと組んだほうが方が上に行けるだろうと思った。ヌマは、俺っちのタッグパートナーとしてすごく優秀だった。ドロドロのデスマッチもできるし、コミカルな試合もできる。地方へ行ってはじめてのお客さんを沸かせる試合もできるし、もちろんメイン級の壮絶な試合もできる、ただ、ヌマの性格の優しさが出てしまうこともあった。俺っちに対して一歩引いてしまうというか、葛西純を立ててやろうという気持ちが出てくるから、パートナーとして対等の関係になりきれない。

 ただ、この当時は「デスマッチ新世代」と呼ばれた先輩たちがすでに一線を引いていたから、葛西純、伊東竜二、佐々木貴、沼澤邪鬼の4人がジャパニーズデスマッチの最先端だったし、試合のクオリティはどんどん上がっていったと思う。だが、俺が目指していたのは伊東とのタイトルマッチ。この頃は、コメントを求められると「伊東から取ったベルトじゃないと意味が無い」とよく言っていた。そもそも俺っちは、ベルトやタイトルというものに対して、そんなにこだわりがない。このタイミングでベルトを持てば発言権が増すとか、団体として面白くなるんじゃないかというのはあるけど、そのための道具でしかない。だから、ベルト取ったら飲み屋にまで持っていっちゃうとか、年賀状にどうしてもベルトを持った写真を使いたいとか、そういうレスラーの気持ちがイマイチわからない。

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