マインドフルネスの次はコンパッション? アメリカで仏教の影響が強まるワケ

マインドフルネスの次はコンパッション?

コンパッションと社会参加仏教(エンゲイジド・ブッディズム)

3.社会参加仏教(エンゲイジド・ブッディズム)

 アメリカ仏教には社会参加に積極的である、という特徴もある。

 『コンパッション』では、世界的に著名なベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンの言葉が何度も引かれている。ティク・ナット・ハンはベトナム戦争に対する反戦活動で著名になった、エンゲイジド・ブッディズム――この言葉はフランスの哲学者で作家のジャン・ポール・サルトルが提唱したアンガージュマン(政治参加、コミットメント)概念が1960年代のベトナムで広まっていたことに由来するという――の実践者である。

 アメリカでは地域コミュニティの重要なポジションにキリスト教組織の幹部が就くことも少なくない。アメリカでは社会に溶け込み、積極的に貢献することで宗教の価値が認められるという側面がある。ベトナム反戦運動に参加していた世代が重鎮に多いというアメリカ仏教も、こうした社会参加的な傾向が強い。『コンパッション』の著者ハリファックスもまた、そこに惹かれて仏教の道に進んだひとりだ。

私たちは世界を変えたかった。そしてその志を失ったり、その中に耽溺したりしてしまうことなく、改革を実現する道を見つけたかったのです。社会的政治的対立の時勢のなかで、私は仏教に関する書物を読み始め、独学で瞑想をするようになりました。六〇年代半ばに、ベトナムの若き禅師、ティク・ナット・ハンに出会い、彼を通して、仏教に魅了されていきました。仏教は、個々人や社会の苦しみの原因に、直に働きかけ、その教えの核として、苦悩を変容させることが、解放と健全な世界への道となる、と説かれていたからです。

 『コンパッション』で書かれるのは、では、どのように振る舞えば「共感疲労」(他の人の痛みや苦しみを、自分のことのように感じてしまう苦痛)や「燃え尽き」(職務との不健全な関係による疲弊と意欲喪失)を避けて利他的に他者に接することができるのか、ということだ。

アメリカ仏教の現代性

 「マインドフルネスとコンパッションは両翼である」という本書の主張は、メディテーション重視と社会参加重視というアメリカ仏教の両面を表現したものだと言いかえられる。そして両者はともに、エビデンスによって科学的に実践の価値、効果を裏付けようという志向に支えられている。

 さらにアメリカ仏教の特徴として、アジア圏では根強い「出家者を在家者より上に見る」「男性の僧侶を女性の僧侶より上に見る」といった傾向がなく、在家中心主義であり男女平等であり、かつLGBTQを排除しない、といったこともある。いずれも時流に合った特徴であり、影響力が増しているのも納得のいく話だ。

 2010年代以降、VUCA(Volatility=変動性・不安定さ、Uncertainty=不確実性・不確定さ、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性・不明確さ)の時代だとよく言われるようになり、コロナ禍によって大きな変化を強いられている今、この世のものに変化しないものはないと説き、執着を捨てて苦しみから解放されることを説いてきた仏教は、精神を落ち着かせる行・プラクティスとともに、今後ますます強い影響を持つだろう。

 教養としてもメソッドとしても、マインドフルネスとコンパッションについて今知っておくべき時が来ている。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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