出版業界が陥るパルプ・フィクション現象に出口はあるか 『パルプ・ノンフィクション』が伝える、紙の本への情熱

パルプ・フィクション現象に出口はあるか

 さらに後半になり、出版社の社員が増えてくると、社長としての視点まで加わってくる。本の編集だけでなく、組織の動かし方も考えねばならなくなるのだ。この後半部分は組織論になっていて、出版業界のみならず、どこの会社でも通用する話になっている。出版の世界に興味のある人のみならず、より広範な読者を獲得できる内容になっているのだ。

 とはいえ本好きの人ほど、本書の熱気に当てられることは間違いない。そういえば本書のタイトルだが、パルプ・フィクションを意識したものであることは、いうまでもないだろう。クエンティン・タランティーノの映画のタイトルもそうだが、パルプ・フィクションとはパルプ・マガジンと同じく、主にアメリカで出版された、エンターテインメント小説を載せる、低質な紙を使った安い雑誌のことを指す。小説の質も低いものが多く、読み捨てにされ、パルプ・フィクションの多くの作家と作品は忘れ去られた。それでも中には、珠玉というべき作品があり、ジャンクの山から頭角を現す作家もいた。

 翻って現在の日本の出版業界を見るとどうだろう。長引く出版不況(著者は出版不狂といっている)にもかかわらず、出版点数は膨大だ。でも書店の棚は有限であり、定番の作家の本を除けば、新刊もすぐに消えていく。完全に消耗品であり、生き残る本は極わずかだ。いうなれば業界そのものがパルプ・フィクションに陥っているのである。でも著者は、いい本を作れば売れると信じている。これからも読まれていくと確信している。その戦いの記録である本書も、後世に残るべき珠玉の一冊といっていい。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『パルプ・ノンフィクション 出版社つぶれるかもしれない日記』
著者:三島邦弘
出版社:河出書房新社
発売日:2020年3月18日
定価:本体1,800円+税
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309028682/

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