本は読まずに積んでおくだけでいい? 『積読こそが完全な読書術である』永田希インタビュー

『積読こそが完全な読書術である』インタビュー

積読はなぜ「後ろめたさ」を感じるもになったのか?

――貯金や投資信託の「積み立て」という行為は肯定的に受け取られるし、賭け事で「積み増す」ことにも特に否定的な意味はないのに「本を積む」ことだけは宿題をやり残しているのに近いような響きがあるのはなぜだと思いますか?

永田:積読のほうが本の在り方としては本来的なのであって、後ろめたさは近現代に形成された社会的な風潮の影響によるものが強いと思っています。

 たとえばフランスの国立図書館で司書をしていたジョルジュ・バタイユの『ジル・ド・レ論』には、ジル・ド・レは大貴族でラテン語も読めたはずなのに、家にある大量の蔵書を読んだ形跡が全然ない、と書いてあります。ヨーロッパでは貴族やブルジョアがまわりに見せびらかすために屋敷に豪華な製本をした書物を陳列する本棚を据えた応接間をつくる、なんてことを平気でしていました。かつて書物は本棚に鎖で繋がれていて、容易に持ち出せないという時代もありました。本は、知識を保存しておくための貴重品だから、それを所蔵することには意味はあるけれど、「読まない本がある」ことをやましいと思っていなかったんじゃないかと僕は考えています。

――おもしろいですね。

永田:じゃあなぜ後ろめたく思うようになったのか? 裏付けのある話ではなくてあくまで僕の仮説ですけど、ふたつ理由があるだろうと。

 ひとつは勤勉革命です。機械の動力をつかう、よく知られている産業革命と前後して、機械の導入が遅れたところでは、人間が働くことで遅れを取り戻そうと勤勉さが奨励されるようになりました。昼も夜も人間が長時間働くことによって1日あたりの生産性を向上させた。このとき「怠け者はダメだ。人は勤勉でなければならない」という価値観が普及し、さらに「働きながら本を読み、そこで得た知識でさらにステップアップする」という、日本で言えば二宮金次郎信仰のような考え方が広まった。そしてその後、大正時代に廉価な円本などが登場して本が大量に流通するようになると「本は勉強のために読むもの。買ったのに読まないやつは怠惰で出世できない」ということになっていったんじゃないかと。

――たしかに「本を読むと頭が良くなる」「仕事ができる人間は本を読んでいる」みたいに立身出世と読書が結びつけられることは今もあります。「本を読まないのはよくない」が「読まない本があるのはよくない」に拡張されたというのはありそうです。

永田:もうひとつは、本は個人の一生を超えたアーカイブとして受け継がれていくものだ、というイメージの衰退ですね。たとえば図書館は最近では「無料で本を借りられる場所」みたいに思われているけれども、もともとは知をアーカイブする場所です。ある共同体が積み立ててきた蔵書を受け継いで研究し、そして後世の子や弟子に伝えていくという蔵書観がなくなると、積んである本は無用の長物になってしまう。

 「勤勉革命」と「アーカイブとしての蔵書観の衰退」が重なって「置いてあるだけの本に価値はない。本は読んで役立てないといけない」になったのではないかと。

自分を映す鏡としての蔵書=積読をメンテナンスする

――「本は読んで自分の人生に活かすもの」という実用性重視の価値観自体が歴史的な産物で、別にそれに従う理由はない、と。「たくさん読んでいる人が偉い」「全部読んでいる方が偉い」「古典を読んでいる方が偉い」「仕事に役立つ読書の仕方ができる方が偉い」みたいなよく言われる価値観は全部ある種のマウンティングですよね。そういうものから解放されて好きに買って好きに積んで好きなときに読めばいいし、読めなくたってかまわない、というのが今回の積読本のメッセージだと。

永田:そうですね。ただ、定期的に本棚を見直して並び替えたり、いらないと感じた本を古本市場に放流するという「積読のメンテナンス」は推奨しています。どうせ読まないだろうと思っても置いておきたい本は残せばいいんです。ただ「自分はこういうものが好きなんだな」「これはもう必要ないと思っているんだな」と確認する自分の鏡、プレイリストのようなものとして手入れをした方がヘルシーな知的生活が送れる、というアドバイスはしています。

――本の記述によると、永田さんは本を積みすぎてゴミ屋敷状態になった家に一時期住んでいたそうですが……。

永田:はい。そういうこともあって「メンテナンスは大事だ」と言っている面もあります(笑)。整理整頓が大の苦手な僕でしたが、幸いなことに今は整理をサポートしてくれる人のおかげもあって、きれいな蔵書環境が実現できています。蔵書がすでにたいへんなことになっている人は、信頼できる誰かに整理整頓の手伝いを頼んでみることをおすすめします。人生が変わります。

――最後に、本好きの多いリアルサウンドブック読者に向けてひと言お願いします。

永田:あなたの積んでいる本のなかにおもしろそうな本があるはずです。書評家をしている僕を助けるためだと思って、ぜひTwitter上で僕にオススメしてください。ちなみにこれはDainさんという人の書いた『わたしの知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』のもじりです。わたしの積んでいないスゴ本も、きっとあなたが積んでいるはず。

 それから、今後も僕の本も含め、遠慮なく本を買えるだけ買い、そして積んでください。

■永田希(ながた・のぞみ)
書評家。1979年、アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。書評サイト『Book News』を運営。『週刊金曜日』書評委員。その他、『週刊読書人』『図書新聞』『HONZ』『このマンガがすごい!』『現代詩手帖』『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』で執筆。

■書籍情報
『積読こそが完全な読書術である』
発売日:4月17日
価格:1,870円
出版社:イースト・プレス

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