東野圭吾『クスノキの番人』爽やかファンタジーのようで実はミステリー? 遺憾なく発揮された作家の手腕

東野圭吾『クスノキの番人』を読んで

 その一方で、千舟が顧問を務める「ヤナッツ・コーポレーション」のゴタゴタも描かれていく。会社を発展させた千舟の色を消そうと、彼女の強い思い入れのある箱根のホテルを潰そうとしている現経営陣。いつの間にか千舟のことが気に入っていた玲斗は、何もできない自分にモヤモヤしている。そんな彼が……おっと、これは読んでのお楽しみだ。どうか読者自身で、彼の行動を確認してもらいたい。

 さて、こうした複数のエピソードを通じて、玲斗が成長していく。けして恵まれた育ちとはいえず、礼儀や言葉遣いを、いつも千舟から注意されているような玲斗。だが彼の心には真っすぐな芯がある。誰に対しても、自分の言葉で思いを語ることができる。ストーリーが進むにつれて、そうした人間としての良き資質が、しだいに露わになっていくのだ。エンターテインメントの要諦のひとつは魅力的な主人公であるが、これも作者は軽々とクリアしているのである。

 そして全体を通じて、作品のテーマが浮かび上がってくる。親子や兄弟姉妹の血の絆だ。クスノキに祈念する人々、柳澤家の面々、主人公の過去の家庭。幾つもの親子や兄弟姉妹の関係性によって、時に温かく、時に苦い、血の絆が表現される。たしかに彼らはフィクションの登場人物だが、血の絆そのものは他人事ではない。なぜなら誰にも親がいて、その親にも親がいる。こうした血の絆の最先端に、今の私たちがいるのだから。面白い物語を読んだと満足しながら本を閉じた後、もし本書のクスノキが実在したら祈念をするだろうかと、自分の人生を振り返らずにはいられなかった。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『クスノキの番人』
著者:東野圭吾
出版社:実業之日本社
価格:本体1,800円+税
<発売中>
https://www.j-n.co.jp/kusunokinobannin/

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