脳科学者・中野信子が語る、“毒親”の捉え方と解決の糸口 「家族の絆には理性を失わせる”魔力”がある」

脳科学者・中野信子が語る、著書『毒親』

家族には「絆の魔力」がある


――「白雪姫コンプレックス」の話に驚きました。自分よりも子どものほうが美しかったり、優秀だったりすると妬んでしまうという。そういった母親は、実際に多いのでしょうか?

中野:程度の差だと思いますが、子に対して、意識的にか無意識的にかはさておき、妬みを感じる母親は少なくないようです。例えば母親が「自分はこういう失敗をしてしまった」と後悔していたとしましょう。その失敗を娘には繰り返させたくない、という気持ちはもちろん自然に出てくるものでしょうが、とはいえ、娘が順調に幸せになっていく姿を見て、完全に手放しで喜べる母親が、どれくらいいるか。これはまともに聞いても答えてもらえる類の感情ではありませんし、調査そのものにも工夫がいりますよね。

  「女を大切にしてもらえる、いい時代に生まれたわね」と嫌味を言う母もいることでしょうね。家事、育児にしても、いまは経済的余裕にもよりますがベビーシッターも頼めるし、家電もかつてとは比べ物にならないような高機能のものがお手頃な値段で店頭に置かれており、自分の時代よりとても楽だ、不公平だ……と感じる女性も多いのではないかと思います。自分は女としてもっと苦労してきたのに、と、言いようのない思いに駆られる人もいるでしょう。表には出さなくても、どこか幸せな娘を疎ましく感じたりするという人は少ないとは言えないのでは。場合によっては、感情を抑えずに、非常に攻撃的になる人もいると思います。

――「殺人事件の半数以上は家族間で起きている」というお話も衝撃的でした。家族だからこそ許せないという感情はだれしも抱いたことがあると思うのですが、それが「殺したい」という感情にまで発展するのはなぜなのでしょう?

中野:つい最近も犯罪心理学者の方が奥様を殺めるというショッキングな事件がありました。外からはなかなか見ることが難しい、感情のもつれがあったのではないでしょうか。もちろん、犯罪心理学者ですから、冷静になる視点がないわけじゃない。むしろ他の人よりもずっと人間の心理には精通していて、感情のもつれなんか科学的視点から解き明かすことには慣れていらしたはずの人でしょう。でも、そんな人が、自分の抱えているものを処理できなかった、というのがショックが大きいところですよね。わかっているはずの人が、どうにもできなかった、そういう魔力が、「家族の絆」にはあるんだと思います。絆の魔力とでもいうか。これが、理性を失わせてしまう。

――毒親育ちは、大人になってからパートナーに恋愛以上のものを求めてしまうというお話もありました。重い女になったり、束縛する男になったり。

中野:最初、お付き合いするときは、互いに「他人」ですよね。他人であったときにはあれほど尊敬し、尊重し、大切に思っていたのに、距離が近づいていくと両方が相互に甘え、期待しすぎて、その期待にそぐわないと、相手を責め始めてしまう。家族になったなら、なおさらです。「あなたはわたしのためにこうすべきなんじゃないのか」と、相手に過剰に期待するんですよね。相手の基準ではなくて、自分の基準に当てはめようとしてしまう。しかし、相手も自立した大人の個人ですから、相手は相手の世界があるはずなんです。けれども、それを尊重できなくなっていくんですね。

   世界では、コロナ離婚、コロナDVが増えていると聞きます。なぜ相手に過剰に期待し、それが叶わないと相手を責め始めてしまうのか。相手が他人でなくなり、家族になったとたんに尊重できなくなっていくのは――ここはやや思考力を必要とするところなんですが――自分自身を本質的には尊重できていないからではないでしょうか。

   勝手に犠牲者になって、「自分はこれだけのことをあなたのために犠牲にしているのに、あなたは何なんだ」と理不尽な思いに駆られてしまう。べつにそんな犠牲を相手は望んでいないということも多いのでしょうけど。これが毎日続いたら地獄ですよ。お互いに、期待できないことを期待し合い、できないと責め合って、互いに互いを傷つけ続ける競争のようになり、別れるに至ってしまう夫婦も数十%いるわけですよね。場合によっては、相手の殺害が頭をよぎるまでになったりもするわけです。

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