加藤シゲアキ『できることならスティードで』を読むと、バイクで旅に出たくなる

加藤シゲアキ初エッセイで描かれる旅と別れ

 祖父が亡くなって二年後に、もうひとりの親が亡くなった。もうひとりの親、自分を芸能界に導いてくれた親。「YOU、あのときは可愛かったのに、こんなになっちゃって」「最悪だよ」何年か前に彼から言われた言葉は魚の小骨のように著者の心の端っこに刺さり続けた。〈だからこそ願わくば、もう一度だけ、「よかったよ」という声を聞きたかった。〉彼が亡くなり他の「子供」たちと話す中で、著者はようやく「最悪だよ」という言葉から解放されていく。

 祖父への思いと、もうひとりの親への思い。尊敬しているし、畏怖の念もある。ふたりの存在は、著者の中で似た存在だった。恐れていたあまり充分に言葉を交わせず、いなくなってから本当はどんな人だったのか、周囲の口から聞かされる。そして、何もわかっていなかった自分に落胆する。近いけれど遠いふたりの死。いなくなってしまった人を想う長い長い旅は、まだ始まったばかりだ。

 3つの掌編にはいずれも南京錠が登場する。登場人物の人柄を表したり、これから起きる事象を予感させたり、物語のキーアイテムとして絶妙な役割を果たしている。どの話も読後感が爽快で、すぐにでもバイクに飛び乗って走り出したくなる。読み終えると、旅特有の心地よい疲労感が体を包んでいるのに気付く。そして、一緒に旅をしてきた彼のことが、もっと好きになっている自分にも気付く。もう少し歳を重ねたときにこの本を読んで、書いてある内容の青臭さに著者は恥ずかしく思うのかもしれない。でも、それでいい。自分の青さに向き合った事実は、一生ものの勲章になる。若さと葛藤のせめぎ合いが、眩しい。

■ふじこ
10年近く営業事務として働いた会社をつい最近退職。仕事を探しながらライター業を細々と始める。小説、ノンフィクション、サブカル本を中心に月に十数冊の本を読む。お笑いと映画も好き。Twitter:245pro

■書籍情報
『できることならスティードで』
著者:加藤シゲアキ
出版社:朝日新聞出版
価格:1,430円(税込)
<発売中>
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=21769

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