内田樹『サル化する世界』は効率重視の現代社会を生きるヒントとなるか?

内田樹『サル化する世界』レビュー

 そういう時期に手にしたのが、内田の最初の著作『ためらいの倫理学―戦争・性・物語』(2001年)だった。高橋源一郎の書評がきっかけだったと思うが、保守というか中庸というか、“戦争責任”“フェミニズム”“ジェンダー”“他者”といったテーマを「その話はそもそも…」とルーツを紐解くように語る口調にすっかり魅入られてしまった。「今のシステムを徹底に破壊し、新自由主義国家として再生するしかない」なんていきり立っている若者(私)に「わかった。お茶でも飲みながら話そうじゃないか」と言われ、いろいろ話してるうちに気持ちが落ち着き、もうちょっとゆっくり考えてみようと思い始め……そんな気分にさせてくれる読書体験は、そのときが初めてだった。

 『サル化する世界』の読後感も、基本的にはそのときと同じだ。「今さえよければそれでいい」という極めて短絡的な時間感覚に苛まれ、「かつてはこうだった」そして「未来はこうなる」というスパンでモノを考えられなくなった結果、人々はあらゆる意味で貧しくなり、不機嫌になった。首都圏で暮らす人にはわかってもらえると思うが、現代人は「電車は降りる人が先」というルールさえ守らなくなってしまったのだ(駅のホームで、電車のドアの真ん中で暗い目をして立っている人の多いこと!)。さらに新しいウイルスの影響で殺伐とした雰囲気がさらに濃くなり、ディストピアとしか言いようがない様相を呈している。今後のことに言及するのは時期尚早だが、効率重視の社会が、そこに暮らす人々の心身にシリアスな影響を与えるのは明らかだろう。『サル化する世界』は、そんな状況を生み出した根本を掘り起こし、「さて、どうすればいいか」と熟考する機会を与えてくれているのだと思う。

■森朋之
音楽ライター。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『オリコン』『Mikiki』など。

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