グラフィック・ノベル『サブリナ』はなぜ文学として評価された? 担当編集者が現代的な魅力を解説

『サブリナ』はなぜ評価された?

「読者の自由度」が高い作品

――グラフィック・ノベルということで、セリフの枠が決まった中での翻訳は難しかったのではないでしょうか?

永野:訳は藤井光さんという海外文学の翻訳を多数手がけていらっしゃる方にお願いし、素晴らしい翻訳をしていただいたのですが、コマに文章が収まらないとか、そういう作業面での苦労はありましたね。「Hi」でも「こんにちは」にしてしまうと、溢れてしまったり……。911の記念館の壁にウェルギリウスのメッセージが刻まれているのですが、それは日本語に変えてしまうとおかしいので、そのまま英語で残して枠外に注釈を入れました。他にもネットニュースの箇所は置き換えたり、ケータイの画面は置き換えなかったり、色々と試行錯誤しました。

――グラフィック・ノベルならではの難しさですよね。その911の記念館のシーンもそうですが、読む方も痛みを伴う作品です。

永野:制作の担当者もこの物語と何度も向き合うのがつらかったと言っていました。

――作品全体に漂う不安感のようなものも、現代的ですよね。何が真実かもわからないですし。

永野:その、どこまでが本当かもわからないというのも、本作の魅力だと思います。同僚の冗談もどこまで本気で言ってるのかすら分からない。絵本のシーンも、絵本の風景なのか心象風景なのかも分からない。

――加えて責任感のないバッシングという普遍的なものが、ネットによってより見えてきたというのが、本当に細かく描かれています。

永野:「あるある」なんですよね。加えてトランプ政権のフェイク・ニュース問題の影響も多少はあると思います。そして『ニューヨーカー』に作者の割と長い記事が掲載されたのですが、本書の冒頭の献辞にある「サラに」は奥様のことで、もしかしたら失ってしまうかもという不安を抱えながら書いたということをおっしゃっていて。そういった作者の気持ちが映し出されているのかなと思いました。

――それを聞くとまた、見方が変化しそうです。主人公のひとりは友人の悩みで、ただでさえ大変なのに、別居中の奥さんからも怒られる……。そういう不幸の連鎖も描かれています。本当に何もうまくいかない。

永野:彼は鈍感さが長所でもあり、それが奥さんを苛立たせる理由でもあるという人物ですね(笑)。でも、そんな彼でさえ消えないような、心の傷が残るというのも、この作品の恐ろしい所のひとつかもしれません。読み解き方で魅力は無限にある作品ですね。

■書籍情報
『サブリナ』
ニック・ドルナソ 著 
藤井光 翻訳
価格:3,600円+税
出版社:早川書房
公式サイト

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