『テセウスの船』は“平成という時代”をどう描く? 原作漫画が問いかけたもの

『テセウスの船』が向き合う“平成”

平成という未解決事件

 本作の連載がはじまったのが2017年の6月22日。退位特例法が可決・成立した6月9日の後だが、明仁上皇の生前退位(譲位)の日程がまだ決まっていなかったため(決まったのは12月1日)、どれくらい終わりを想定していたのかはわからないが、令和2年となった現在、本作を読むと平成という時代を未解決事件に託して描いているようにみえる。

 映画ではポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』や、デビィッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』が実際にあった未解決殺人事件を、時代の象徴として描いていたが『テセウスの船』に登場する殺人事件は、昭和の終わり(1988年)から平成の初頭(1989年)にかけて起きた連続幼女誘拐殺人事件を彷彿とさせる。

 この事件は連日報道され、犯人の部屋に積まれた膨大なビデオテープのビジュアルがテレビで報道されたことでオタクの犯罪と言われるようになったのだが、情報産業が肥大する平成という時代の始まりを象徴していた事件だと言える。他にも音臼村で起きた殺人事件には平成に起きたいくつかの殺人事件(動機不明の不気味な事件として報道された)のイメージが投影されており、心が事件に挑む姿を描くことで平成という時代と向き合っていたように思う。

 その際に重要なのは、事件加害者家族と被害者遺族を丁寧に描いていることだ。心は村の臨時教師となるのだが、そこで事件の被害者となった子どもたちや教員と向き合うことになる。そのことによって殺された21人の死が、間接的な情報ではなく、実感のある痛みとして読んでいる側に迫ってくるのだ。

 また、過去で若い頃の父親と出会う展開は、ロバート・ゼメキス監督の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を彷彿とさせるが、重い展開が続く中でとても和む話として描かれていた。

 タイムスリップや殺人事件の謎解き以上に、そこにいる人間が魅力的に描かれていることこそ本作の魅力である。ドラマ版にもその魅力が活かされていてほしいと願っている。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

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