婚活がうまくいかないのは“減点制”で相手を判断してしまうからーー『婚活迷子、お助けします。』第六話

『婚活迷子、お助けします。』第六話

ちゃんとした方に、ちゃんと望んでもらえない私がだめなんです、きっと

 いったい何度、このセリフを口にしたことだろう。けれど効果がないとわかっていても、言い続けることしか華音にはできなかった。

「お母さまの望む条件にあう相手ではなく、小川さまが一緒にいて心地よい相手を探しませんか」

 志津子はミルクティーのカップを手にとった。視線が一瞬、シュガーポットに向く。本当は、甘いものが好きなんじゃないか。ミルクティーにだってたっぷりお砂糖を入れたいんじゃないか。これまで重ねてきた面談で、たとえばデザートメニューを熱心にみている姿や、運ばれるパフェを見て一瞬、わあっと輝かせる表情に、華音はいつもそう思っていた。けれどどんなにすすめても、志津子がシュガーポットに手を伸ばすことも、デザートを注文することもない。彼女の前に置かれるのは、いつも同じティーカップ。

 ミルクティーを飲む、ただそれだけの所作が志津子はとても上品で美しかった。たぶん信号無視なんてしたことないだろうな、と思わされる丁寧さが、指先まで行き届いている。上智大学で語学をおさめた経験を生かして企業通訳の仕事をこなす彼女自身にも、じゅうぶんな教養と収入があり、それなのに決してひけらかすことはしない。どんなに興味のない話題にも、相手が好きなことなら何か魅力があるのだろうと、耳を傾ける姿勢と好奇心がある。誰もが目をひく美人とはいわないが、清潔感があり肌もきれいで、一重のわりに大きな瞳がつぶらでとてもかわいらしい。正直言って、華音がこれまで出会った会員のなかでもトップレベルですばらしいと思える女性だ。

 けれど、そんな彼女の美点はすべて、ひとつのことの裏返しなのだった。

 仕草がいつだって上品なのは、少しでも気を抜いてだらしないところを見せると、怒られてしまうからだ。自分のキャリアに驕らないのは、優秀な兄と姉と常に比較されてきたため、自信をもてずにいるから。相手の話に耳を傾けるのは、よぶんな意見を言ったり興味のなさそうなそぶりを見せたりすれば、だからお前はだめなんだと人格否定されるからだし、好奇心が尽きないのは「興味を持っていい対象」を強く制限されてきたから。

「ちゃんとした方に、ちゃんと望んでもらえない私がだめなんです、きっと」

 カップを置いた志津子がぽつりとつぶやく。

 そんなことない。そんなわけない。大声で主張したい気持ちを、拳を握りしめることでぐっとこらえる。彼女にかけてあげるべき言葉をひとつももたない自分の無力さが、華音は悔しくてたまらない。

    *

 田中幸次郎、と名乗った見合い相手のことを、志津子は思い出していた。映画のチケットをわざわざ予約購入したのに日にちを間違えていたり、店員とまちがえて客にトイレの場所を聞いたり、あまりに抜けているところが多くて、志津子は一緒にいるあいだ始終、驚かされっぱなしだった。なにより戸惑ったのは、ミスをしても「志津子に嫌われるんじゃないか」と怯える様子がないことだ。もちろん、申し訳なさそうに頭をさげるし、懸命に詫びてくれる。くだんの和食屋も、映画のかわりにはならないけれどと、電話をかけて急遽予約をとってくれた。高校時代の同級生が修業しているという根津の一角にあるその店は、いちばん高いメニューでさえ、母たちがなじみにしている店の、いちばん安いコースの3分の1程度の値段だったけれど、つきだしとして出された鶏だしのスープを一口飲んだだけで、そのあたたかさに涙がにじんだ。懐かしい、と思った。志津子の母は味噌汁ひとつ上手につくれない人で、志津子には家庭的な味など覚えがないはずなのに、一口飲むごとに身体を芯からあたため優しく包んでくれるその味こそが、自分がずっと探していたものなのだと思うことができた。

 カウンターごしに友人と話す幸次郎の笑顔に滲んでいるものは、そのスープの味に似ている気がした。

「ほんとすみません、俺まじでうっかりしてて」と申し訳なさそうにしている幸次郎に、調理白衣を身にまとった友人が「こいつ昔からそうなんですよ。みんなでスキー旅行することになったときも……」となにかを暴露しかけたのを、「あああああ、その話は今はやめろ! 空気読めよおまえ!」と本気であわてふためく姿がかわいい、と思った自分に志津子はまた驚いた。

 この人なら、と思ったのだ。

 もしかしたら私も、家庭を築いていけるかもしれない。私がどんなに馬鹿で、気がきかない女でも、この人は否定せずに受け入れて、おっちょこちょいな家庭を二人で育んでいけるかもしれないと。

 けれど。

「……ごめんなさい、いつもよくしていただいているのに」

 言うと、華音は眉間に皺をよせて、泣き出しそうな顔になった。結城さんがそんな顔する必要はないのに、と志津子の胸が痛む。だって、お仕事でしょう。私が会費を払い続けているほうが、都合がいいじゃないですか。ああ、でも、いつまでたっても成婚料をお支払いできないのは、ちょっと申し訳ないな。この結婚相談所、他に比べて会費はとても良心的だし。

 志津子はぎゅう、と胃をつかまれるような痛みを感じて、最初に言った言葉を華音に向かってくりかえす。「どうして私は、誰からも選んでもらえないんでしょうね」

 ――やっぱりあなたに自分で選ばせようと思ったのがよくなかったのよ。見る目がないんだから。お兄ちゃんもお姉ちゃんも素敵な人と結婚したのに、どうしてあなたはお母さんたちが「この人なら」と思う人に縁がないのかしら。

 母の言葉がこだまする。

 幸次郎の、箸遣いはちょっと雑だけれど、笑顔をとろけさせながら食事する横顔がちらつくと、胃はさらに鈍い痛みをもって、志津子の心を打ちのめす。

■橘もも(たちばな・もも)
2000年、高校在学中に『翼をください』で作家デビュー。オリジナル小説のほかに、映画やドラマ、ゲームのノベライズも手掛ける。著書に『それが神サマ!?』シリーズ、『忍者だけど、OLやってます』シリーズ、『小説 透明なゆりかご』『リトルウィッチアカデミア でたらめ魔女と妖精の国』『白猫プロジェクト 大いなる冒険の始まり』など。最新作は『小説 空挺ドラゴンズ』。「立花もも」名義でライターとしても活動中。

(イラスト=野々愛/編集=稲子美砂)

 

※本連載は、結婚相談所「結婚物語。」のブログ、および、ブログをまとめた書籍『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』などを参考にしております。

結婚相談所「結婚物語。」のブログ

『夢を見続けておわる人、妥協を余儀なくされる人、「最高の相手」を手に入れる人。“私”がプロポーズされない5つの理由』

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