『ジャンプ+』はなぜ成功したのか? 『SPY×FAMILY』など、アプリ発の話題作を生み出す“施策”

『ジャンプ+』はなぜ成功したのか?

一気読み需要に応えるという独自性

 『ジャンプ+』は、かつて序盤数話と最新数話以外は有料(真ん中を読みたければ課金)というモデルだった。ところが2019年4月2日にアプリが大幅リニューアルされ、アプリオリジナル作品に関しては、真ん中の話数でも「初回無料」に変更された。これによって各作品ごとに一気読みが可能になった。

 これの何が読者にとっては嬉しいのか? 二つある。一つめは「没頭して読みふけりたい」需要に応えてくれること。二つめは「後追いでも一気に追いついて、連載最新話の話題に加われること」である。

 マンガには「スキマ時間に暇つぶしに読みたい」という需要以外にも、「没頭して読みふけりたい」という需要がある。「初回無料」はそれに応えるしくみである。

 『ジャンプ+』以外のほとんどのマンガアプリは「待てば無料」モデル(23時間で1話無料)かチケット制(1日2回4話ずつ無料で読める)を採用している。これは「おもしろくて続きが読みたいのに少しずつしか読めない」というフラストレーションを読者に与え、課金や動画広告の視聴に誘導するものだ。つまり、一気読み需要には応えていないし、しくみ上、応えられない(一気読みしたいなら課金するかコミックスを買え、という選択を読者に迫る)。

 しかし『ジャンプ+』は「初回無料」にしたから、一気読みできる。そしてそもそもジャンプ編集部&作家には、何回も読み返したいと読者に思わせるような伏線の妙があり、絵が美麗または決めゴマが秀逸な作品をつくる能力が高い人たちがもともと多い。すると、初回無料につられてアクティブユーザーが増えるだけでなく、結果、「うーん、もう一回読みたいからコミックス買うしかないな」という購買にもつながる。当たり前だが、おもしろいマンガはちまちま読むより一気に読んだ方がずっとハマる可能性は高まる。そしてこれまた当然ながら、一気読みできたほうがアプリの利用時間(滞留時間)は長くなる。

 もうひとつ読者にとって嬉しい点は、たとえば友だちから「『サマータイムレンダ』めっちゃおもしろいから読んで!」と言われるなどして情報を得たときに、一気に追いつくことができることだ。1日1話あるいは1日8話ずつ読んでも、長期連載作品だとなかなか最新話に到達できない。LINEマンガや『ジャンプ+』上でも行われている5巻無料、10巻無料キャンペーンでも一気読み需要はある程度満たされるが、10巻無料キャンペーンをやるような作品は20巻以上出ていることが多く、10巻まで読んだところで最新話・最新巻の話題に参加することはできない。すると、薦めた側もネタバレを気にして話題にしにくい。

 ところが最新話まで一気読みできれば、その後は連載が更新されるごとに最新話をネタに会話する楽しさが薦めた側と薦められた側双方に発生する。

『ジャンプ+』はアプリオリジナル連載を「初回無料」にしたことで、読み切りと比べるとバズを起こしにくい連載作品の話題醸成、読者のコミュニケーション欲求を満たすことに成功している。最近の連載作品『SPY×FAMILY』や『地獄楽』の盛り上がりは、作品のもつ圧倒的なおもしろさだけでなく、こうしたシステム変更に後押しされた部分も大きいだろう。

 マンガアプリのユーザーは「おもしろいものをストレスなく、ちょうどいい分量触れたい」というニーズを持つ。日々のスキマ消費にも、時間ができたときの一気読みにも対応してほしいと思っている。また、自分に合った作品を求めているし、同時に、話題の作品に触れて会話に参加したいという欲求もある。

 『ジャンプ+』は、読み切りや週刊連載で短時間消費に応える。さらに「初回無料」によって一気読みもできる。くわえて、多数の連載作品から自分に好みの作品を選べるだけでなく、SNSでの話題性を意識した読み切り作品やメディアミックス作品を提供している。そして「初回無料」によって読者はいつでも話題のアプリオリジナル連載作品の最新話に追いつけ、会話に参加できる。

 こうして気づけば『ジャンプ+』は数あるマンガアプリの中でも、立ち上げる頻度も利用時間も長いものになっていたのだった……(個人の感想です)。いやあ、マンガって本当にすばらしいですね。

■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

■漫画情報
『SPY×FAMILY』1巻
著者:遠藤達哉
出版社:集英社
価格:528円(税込)

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