阿部和重が語る、『オーガ(ニ)ズム』に自分を登場させた理由 「私が私のことを書いてもリアルが保証されるわけではない」

阿部和重『オーガ(ニ)ズム』インタビュー後編

次作は金正恩委員長とドナルド・トランプ大統領の会談を軸に

――嘘ということで印象的だったのは、阿部さんがあげられた最後に回想される「阿部和重」とラリーの会話で、親が躾として子どもにやむをえず嘘をつくことの罪悪感についても語られることです。この長大な小説は、巻きこまれ型のサスペンスであると同時に、3歳の息子を抱える作家のイクメン小説でもある。小説の嘘と親による嘘、最後に両方の嘘が対比されるところは、嘘を必要とせざるをえない人間のありかたを感じさせてグッときました。阿部さん自身が親になり子どもを育てるようになったわけですが、親になる罪悪感といえば、最近は子どもを産むことに否定的な、生まれてこないほうがいいという反出生主義の思想も議論されています。そのような子ども観についてどう思いますか。

阿部:反出生主義については特に知識を持ちあわせていないのでなにも語れません。また、そのこと自体が『オーガ(ニ)ズム』とじかに関係しているとも思えません。それと、子ども観という漠然としたものについてなにを答えるべきなのか、正直よくわかりません。個別の問題が世界には無数に存在し、問題ごとに答えを出したり改善すべきことがあれば考えるというのが自然だと感じているので、そうした枠組みだけ提示されて直感的に即なにか話してしまうのは危険だなとも思っています。

――神町トリロジーは天皇制もテーマに含んだ内容です。皇室の場合、反出生主義とは反対にそれこそ子どもが生まれ続けなければいけなくて、継承ありきです。この制度に対し、3部作は批判的ですよね。

阿部:『オーガ(ニ)ズム』の最後に書かれたことが、三部作での1つの結論になっています。天皇制に関しては『ピストルズ』が一番ストレートに扱っていて、伝統を継承するシステムを維持するためにどれだけの犠牲を個人が強いられるかを書きました。存続のためだけにその人たちが存在しているような状態で、自由を奪われ、よごれ仕事を押しつけられている。権威があり、公式行事で外国へ行くなど皇室の人たちは好ましい仕事に取り組んでいるから、本人たちも楽しんでやっているだろうくらいに我々はみてしまいがちです。しかし、そう強いられているのであって、シンプルに人権問題なのだからなくすべきではないですかというのが、僕の考えです。そういう役割の無理強いという意味では、沖縄の米軍基地問題と同型ではないかと思います。

――3部作の完結でしばらくお休みされるかと思ったら、8月から毎日新聞で『ブラック・チェンバー・ミュージック』の連載を始めていますね。

阿部:『オーガ(ニ)ズム』は、今年はじめに連載が終わる予定で、次の連載まで半年くらい空くつもりでしたが、予定が伸びてしまいました。逆によかったのかもしれません。脳みそも筋肉だとよくいいますが、休むとたるむから常に作業をしていないと小説を書く頭に戻すのが大変だからです。経験上、自分はスロースターターだとわかっているので、休まず次の連載を始めたのはかえって正解だったんだと思います。

 新作の内容は神町3部作とは切断されていますが、『オーガ(ニ)ズム』の前の短編集から少しずつ始めていた新しい小説へのとりくみというのがあって、そこからの流れと関係しています。僕はデビュー初期から現実の事件や時々の風俗を作中にとりこんできました。参照する現実は国内から国外へ及び、視野が広がってきた。『オーガ(ニ)ズム』にはアメリカ大統領が出てきたくらいで、今度の『ブラック・チェンバー・ミュージック』は北朝鮮の金正恩委員長とアメリカのドナルド・トランプ大統領の会談を軸にして、どういうことが裏側で起きていたかを物語る小説になっています。そういう意味ではこれまでの作品の流れとつながっていると思います。


(取材・文=円堂都司昭/写真=池村隆司)

■書籍情報
『オーガ(ニ)ズム』
阿部和重 著
発売日:2019年9月26日
定価:本体2,400円+税
発行:文藝春秋
『オーガ(ニ)ズム』特設サイト:https://books.bunshun.jp/sp/organism

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「著者」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる