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S.O.D.

(エス・オー・ディー)

アンスラックスのメンバーたちが単に遊びで始めたことなのに、気がつきゃ革命的なものになっていたS.O.D.。80年代後半以降、ヘヴィ・メタルとパンク/ハードコアとのクロスオーヴァーが盛んになった。そして、パンク/ハードコア側からのそういうアプローチは以前から多少なりともあったが、ヘヴィ・メタル・サイドからはS.O.D.が初めてだ。とにかくモロモロの意味において、お騒がせプロジェクトなのである。なおS.O.D.とは、”STORMTROOPERS OF DEATH”の略だ。
時は84年。チャーリー・ベナンテとスコット・イアンは、メインでやっているバンドのアンスラックスで使わなかったリフなどを元に、遊びでハードコア/パンク・タイプの曲を作っていた。それを聴いたマネージャーが気に入り、話は進む。そして、元アンスラックスでニュー・クリアー・アソールトを始めていたダン・リルカー、M.O.D.のビリー・ミラノを加え、S.O.D.となった。
全21曲を50時間で仕上げ、85年に『Speak English Or Die』としてリリース。歯切れのいい名リフの数々を中心にした音はカッチリ、発想とアティテュードはハチャメチャの、歴史的なアルバムだ。当時としては世界最速級の「Milk」や数秒の曲もあるが、アンダーグラウンドのパンク/ハードコアに精通しているダンのアイデアも大きそう。そして歌詞は、かなりの悪ふざけ、毒舌、お馬鹿なのだが、ブラック・ジョークと呼ぶにはキツすぎる政治的な内容のものは波紋も呼んだのである。
あくまでもプロジェクトだから定期的な活動はないが、92年に地元ニューヨークで突如ライヴを行ない、同年『Live At Budokan』として発表した。そして99年、またまた突如スタジオ録音アルバム『Bigger Than The Devil』をリリース。デス・メタル的な要素も増え、ビリーの肉体みたいにかっぷくの良くなった音を披露し、年季の入った暴れん坊ぶりを示した。 (行川和彦)

制作協力:
OKMusic

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