大根仁、劇伴に“趣味性”を投影する真意 『地面師たち』×石野卓球から『坂本慎太郎LIVE』の裏側まで語る

音楽愛を自身の映画やドラマに投影し、ロックやポップスなどのフィールドで活躍するミュージシャンやトラックメイカーによるオリジナリティの高い劇伴・主題歌・挿入歌が絶えず話題になる大根仁監督。昨年大ヒットしたNetflixドラマシリーズ『地面師たち』では電気グルーヴの石野卓球が劇伴を務め、スリリングな物語の展開をエッジの効いたエレクトロサウンドで彩ったことも記憶に新しい。そんな大根監督が坂本慎太郎によるキャバレー・ニュー白馬でのライブを撮影し、その映像がNetflixで期間限定配信中。本作の撮影経緯から、『地面師たち』をはじめとした近年の代表作における劇伴に込めた想いまで、大根監督に語ってもらった。(編集部)
音楽文化遺産として残しておきたかった坂本慎太郎のライブ
――以前、ドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』(2022年/カンテレ・フジテレビ系)のインタビューをしたとき、ドラマの撮影を重森豊太郎さんにお願いしたという流れから、「実は最近、重森さんと一緒に坂本(慎太郎)さんのライブをフィルムで撮ったんですよ」という話は聞いていて。
大根仁(以下、大根):あ、そうでしたね。坂本さんのライブが2022年の12月だったから、まさに『エルピス』の撮影を終えてから重森さんと一緒にやって。で、それを編集したものを2023年5月に東京で、2024年4月に東京と大阪で、「ライブハウスでの上映会」という形で披露はしていたんですけど、坂本さんのファンは全国にいるし、観たいけど観られなかったという人も、きっといっぱいいるだろうなと思っていて。ただ、それをパッケージで出す感じでもないんだろうなと思っていたときに、配信という形ではどうだろうと思って。『地面師たち』(2024年/Netflix)を通じてNetflixとも関係性ができたので、専属契約のタイミングで、「こういう映像があるんですけど、どうですか?」って、僕のほうから提案させてもらった形なんですよね。
――大根さんからの提案だったんですね。
大根:まあ、今回の作品は「5年契約(Netflixとの5年独占契約)」内の作品としてはカウントされないんですけど(笑)。すでに公開された映画作品とか放送されたドラマを買って配信するという、Netflix外作品の配信になります。

――当時はどこでどう発表するかも決まっていなかったというか、そもそも先方からのオファーではなく、大根さんの持ち込み企画だったと言っていて。改めて『坂本慎太郎LIVE2022@キャバレー・ニュー白馬』を撮ることになった経緯から、お話しいただいてもいいですか?
大根:そもそもの成り立ちから話すと、2019年ぐらいだったかな? 音楽ライターの松永良平さんと、昨年亡くなってしまったフジテレビのプロデューサーの黒木彰一さんと3人で食事をする機会があって。その場で松永さんが、「自分の故郷である熊本の八代市という街に、ニュー白馬というすごくいい雰囲気のキャバレーがあるんだけど、そこで坂本さんのライブを観ることが、僕の夢なんですよ」みたいなことを言っていて。その場で画像検索して、「確かに、この場所はいいわ!」と思ったというか、日本にいくつか残っている昭和のグランドキャバレーの中でも、その現役感みたいなものが本当にすごくて。東京の鶯谷にも、そういう場所があるじゃないですか?
――東京キネマ倶楽部ですか?
大根:そうそう、あそこももともとは昭和のグランドキャバレーだった。大阪の味園ユニバースもそうだけど、もともとキャバレーだったものをライブハウスにリノベーションしたハコって日本全国にいくつかあるんだけど、現役で営業しているグランドキャバレーは珍しいんです。そこで坂本さんが演奏するのは、確かにすごく面白そうだなって。そのあと2022年の6月に坂本さんがアルバム『物語のように』をリリースして、その全国ツアーの日程と場所が発表されたのを見たら、「熊本・ニュー白馬」って書いてあって……「これ、松永さんが言ってたとこじゃん!」っていう。
――(笑)。
大根:そこでやるなら絶対観に行こうと思って。だから最初は、普通に客として観に行くつもりだったんです。ただ、ちょっと考えて。ゆらゆら帝国が解散したあと、坂本さんがソロになってまたライブをやるようになってから、ずっと観ていたんですけど、アルバムも4枚出て、曲のバリエーションも広がって……僕が言うのも僭越ですけど、坂本さんの新しいバンドーーAYA(Ba/Cho)さん、菅沼雄太(Dr)さん、西内徹(Sax/Fl)さんというバンドの音が、すごく仕上がってきた感じがしたんですよね。だったら観るだけではなく、撮っておいたほうがいいんじゃないかと思って。別に、誰に頼まれたわけでもないんですけど(笑)。
――そこがすごいというか、大根さんの自主制作みたいな形で動き出したんですよね?
大根:そう、完全に自主制作です(笑)。というか、坂本さんはそもそも、自分のライブ映像を記録として残すことをあまり好ましく思ってないんですよね。それは知っていたんですけど、これはひとつの音楽文化遺産として、のちの世の人たちのためにも記録しておくべきだろうと思って、坂本さんに連絡して。ただ、最初はやっぱりネガティブな反応で、「いやあ、ちょっとないっすね」みたいな感じだったんです。「じゃあパッケージ前提ではなく、ひとつの記録として僕が自主制作で勝手に撮っておくという形ではどうですか?」って食い下がったら、「そういう形なら、まあいいっすよ」って了承していただいて。
――そんなやり取りが。
大根:そうなんです。そのときちょうど『エルピス』の撮影をしていて。重森さんは、いわゆるテレビドラマのカメラマンではなく、たまに映画もやるけど、基本的にはCMとかMVを、デジタルではなくフィルムを中心に撮っている人なんですよね。

――辻川幸一郎さんと一緒に、CorneliusのMVをずっと撮っている方ですよね?
大根:そうそう。辻川さんの専属カメラマン的な人でもあって、そういった音楽のことやサブカル的なものにもすごく造詣の深い方なんです。で、重森さんに「今度、坂本さんのライブを撮ることになったんですよ」って言ったら、速攻で「それ、俺がやりたい」って(笑)。「ここでやるんですよ」ってニュー白馬の写真を見せたら、「これは16mmでしょう」と言って。
――そこで16mmフィルムで撮るというアイデアが……!
大根:そうなんです。ただ、16mmって今、世界中でちょっと再評価の波がきているところはあるんですけど、そもそも機材がないんですよ。35mmのカメラは結構あって、メンテナンスもされているんですけど、16mmって本当に忘れられたというか、今はもうほぼ使われてないんです。それを重森さんがかき集めてくれて……都内で6台見つかったと。それから16mmのカメラを操作できて、なおかつ音楽的なセンスもあるカメラマンも6人見つかって。あとフィルムって、撮影するだけじゃなくて、マガジンのチェンジというか、その場でフィルムを交換しないといけないじゃないですか。だから、そういった技術的なことができる助手の人たちも集めて……結局、総勢30人ぐらいになってしまったという。
――自主制作なのに、だんだんすごい話になってきましたね(笑)。
大根:そうなんですよ。坂本さんのマネージャーに「えっ、30人ですか!?」って驚かれました(笑)。
フィルムゆえのスリリングな撮影現場 「貴重なものが撮れた」
――実際に現地に行って、どんな感じで撮ろうと?
大根:まず、重森さんと一緒に下見に行って……結構ビックリしたんですよね。ああいったグランドキャバレー的なところを見たことはあったし、仕事でそういうところを使ったこともあったけど、ちょっと規模が違うというか。そもそも八代市の繁華街は、日本でも特にスナックの密度が高い場所と言われているんですけど、ニュー白馬は、その繁華街の端っこにあるんです。今回の映像の最初に映っていますけど、建物の上に煌々とネオンが光っていて、中に入ると真ん中がドカーンと空いていて、そこがダンス用のフロアなんです。その周りをソファーのボックス席が囲んでいて、普段はそこで妙齢のお姉様方ホステスが接客したり、チークダンスをしたりしていて、奥にはステージがあって専属生バンドの演奏で歌えるっていう。さらに天井には巨大なミラーボールがついていて、ステージの両脇に照明がいっぱいついた柱があって、それが回る……。下見に行って実感しました、「これはすごいものが撮れそうだ」って。

――通常はキャバレーとして営業しているとのことですが、こういったライブも時々開催されるような場所なんですか?
大根:地元の音楽イベント的なものは結構やっているみたいで。あと2019年に、元Sex Pistolsのグレン・マトロックが、なぜかニュー白馬でライブをやったらしくて(笑)。でも、本格的なライブはそんなにやってないんじゃないですかね。坂本さんのライブの当日、ニュー白馬のオーナーの方が「こんなにお客さんが入ったのは、こまどり姉妹を呼んだとき以来だ」とおっしゃっていたので(笑)。
――(笑)。そのような場所で大根さんはどのようにライブを撮ろうと?
大根:ライブ映像というのは演奏とお客さんが主体であって、撮影が主体ってことはないじゃないですか。なので、カメラ位置は「大体このへんですかね?」みたいな感じで重森さんと相談しながら決めて、ステージの照明を見たらちょっと暗いというか、フィルムで撮るには少し光量が足りなかったので、東京から照明技師を1人連れてきて、サイドから光を当ててもらったり。でも基本的には、そのままの雰囲気をお届けしたいって感じだったかな。もちろん、曲は全部あらかじめ頭に入っていたから、それぞれの曲によって撮影のアングルとかカメラワークのテーマを決めて、それを各カメラマンに伝えたりはしましたけど、スタッフには音楽好きの人が多かったので、そのあたりはすごくスムーズでした。ただ、フィルムなので……そもそも最長で11分しか回らないんですよ。
――あ、そうですよね。
大根:だから11分経つと、フィルムチェンジの時間が3〜4分必要なので、いっぺんに全部のカメラを回すと撮れないシーンが出てきてしまう。そのあたりは撮影助手の人が完璧な計算をしてくれて、ちょっとずつズラしながら6台のカメラを回し始めたんですけど、途中で、2台しか回ってない瞬間があったりして(笑)。「絶対外さないで!」って、そういったスリリングな現場ではありましたけど、ニュー白馬という場所のマジックと、コロナ禍が収束しかけているあの頃の感じが掛け合わさって、すごく貴重なものが撮れたというか。撮影が終わって、いざ現像してみたら、16mmでしか表現できないものが上がってきて。デジタルはデジタルでもちろん素晴らしいんですけど、ちょっと現実を切り取り過ぎるきらいがあるというか、生々し過ぎるところがあるじゃないですか。そこに16mmというフィルターが1枚かかることによって、すごく面白いものになった。バンドのパフォーマンスも含めて、いつどこでやったライブなのかわからない、何十年後とかに観ても、全然古く感じないものになったんじゃないでしょうか。